■ 予防医学〜
病気にならないために〜  その1
武熊宣孝×山田英生 対談
 
「いつまでも若々しく健康でいたい」との願いをよそに、病魔が現代人に容赦なく襲いかかります。メタボリックシンドローム、がん、アレルギー疾患…。
引き金となるのが、食のゆがみや運動不足、過労など生活習慣の乱れといっても過言ではありません。自分のカラダは自分で守る時代。今、予防医学の必要性が日増しに高まっています。
山田英生・山田養蜂場代表が第一線の医師や学者、研究者らと語り合う対談「予防医学―病気にならないために」。
今回の対談相手は、鍬をふるいながら今なお、聴診器を握る“医師百姓”の竹熊宜孝さん。 「いのちを守る医・食・農」がテーマです。
 
 
■ 食はいのち
● 病気にならぬ養生
山田:先生は医・食・農の視点からいのちの大切さを一貫して訴え、養生や検診という予防医学の重要性を説いてこられました。
東洋医学では未病は養生で治す、とありますが、先生のお考えになる「養生」とは何でしょうか。
 
武熊:自ら病を見つけ、手当てしながら癒し、生命を養うことなんです。
ところが、医者は、診断して治療するのが自分たちの仕事と思っているし、養生を患者さんには勧めようとはしません。
大学でも教えてはくれないですね。
現代医学に診断学や治療学はあっても食学や養生学という分野はないんです
 
山田:確かにこれまでは、病気になってから治すのが医学と思われていましたね。
 
竹熊:しかし、医療の理想論からいえば、病気にならないのが一番です。
火事だって「火の用心、カチカチ」と言いながら集落を回る「防火対策」があったでしょう。
消火栓や煙探知機を設置したら、その分、火災が減っています。
私も生命を養う視点から食養生を中心とした医療活動を田舎の診療所で30年近くやってきました。
 
山田:先生は、大学病院で主に血液学について研究され、対症療法中心の現代医学から食養生を中心とした地域医療に飛び込まれました。なぜですか…。
 
● 食乱れて不健康
竹熊:実は、私も若いころ、戦中、戦後の食糧難の反動から「腹いっぱい、食べるのが体づくり」と思い込んで暴飲暴食を繰り返したのです。
甘いものは食べ放題、主食は白米、肉もよく食べ、加工食品づくめでした。
こうした生活がたたってか肝臓病、糖尿病、肥満、高脂血症、アレルギー疾患…と、食のたたりと思えるような病気を次々併発したのです。
家族も、両親をはじめ私の子どもたちも肥満やリウマチ熱など病気ばかりしていました。
そこで、絶食療法の第一人者である大阪府八尾市の開業医、甲田光雄先生の門をたたき、断食に挑戦したのです。
動物には病んだら食を断つ習性があるでしょう?
私も食を断つことによって病気を克服し「食こそ病の根源」であることを悟りました。
この経験をもとに医から食、そして農への模索を始めたのです。
 
山田:まず何から始めたのですか。
 
竹熊:断食を通じ「食はいのち」を実感した私は、さっそく家族とともに食事を玄米菜食に切り替え、季節の野菜と海藻、小魚などを積極的に摂ることを心がけました。
もちろん砂糖も断ち、食品添加物や化学調味料も食卓から追放しました。
その結果、現代医学でさえ治せなかった慢性肝炎や高脂血症、糖尿病などがまるでウソのように消え、家族もすっかり健康を取り戻したのです。
 
● 日本の民族食
山田:確かに「病は口から」とも言いますが、やはり過食、偏食、不規則など食生活の乱れが現代人を不健康にしているのは間違いないですね。
特に、気になるのが飽食で、私が子どものころの食生活は、それは質素でしたよ。
お正月とかお祭り、誕生日ぐらいしかご馳走は食べられませんでしたが、今は「毎日がお正月」。
子どもたちはジュースや清涼飲料水を飲みながらハンバーグやスパゲティなど好きなものを頬張っています。
これでは、子どもだってメタボや小児糖尿病にならないほうがおかしいくらいです。
 
竹熊:私は50年近く、医療現場におりますが、最近メタボとがんが目立って増えてきました。
予備軍を含めると中高年男性の2人に1人がメタボになり、約3人に1人ががんでなくなる時代です。
やはり、食生活の乱れや車社会に伴う運動不足、体内への化学物質の取り込みなどが影響しているんでしょうね。
 
山田:食生活では、どのような点に問題があるのでしょうか。
 
竹熊:これまでの主食がコメからパンに変わりました。
パンになると副食も肉などの動物性たんぱく質とかチーズ、バターなどの乳製品を摂るようになりますね。
日本の民族食ともいえるご飯、味噌汁、漬物、魚介類といった和食が戦後10数年の間に欧米食に変わり、そのツケが生活習慣病などに回ってきたといえるでしょう。
それと、食べすぎですね。
昔から「腹八分に医者要らず」とか「腹八分目に病なし」というでしょう。
現代はまさに飽食の時代、お金を出せば食べたいものが手に入るし、いのちの糧である食べ物の多くを外国に依存しています。
 
● 「食わぬ」も養生
山田:確かに、世界のマグロやエビの多くを輸入し、「キャビアだ」「フォアグラだ」と世界の高級食材かき集めては、毎日がお正月かクリスマスのような飽食を日本人は繰り返しています。
その結果、食べきれないと、捨てている。
農林水産省によると、家庭や食品業界から捨てられた食品廃棄物は年間、1,900万トンにのぼり、そのうち500万トンから900万トンがまだ食べられる状態と言われています。
これを食糧不足にあえぐ地球上の8億5千万人の人たちに回せば、途上国の飢餓問題もかなり解決できるのではないでしょうか。
 
竹熊:その通りです。
食べ過ぎている部分を減らし、必要最小限のものだけを食べるということを人間の生き方として教えることも大事です。
飽食時代に生きる今の若い世代は、食べ物の大切さを知りません。
だから、食べ物の有難さといのちの大切さを意識するためにも、食を断ち、身をもって飢えを知ることも必要なんです。
そのために、飽食に明け暮れる年末年始の3日間、「食わぬ養生会」を開き、これまで33年間続けてまいりました。
食の大切さを知り、いのちを意識する。
「食わぬ」も養生の一つなんです。
 
● 食はいのち、薬
山田:食べ物の有難みを知ることは、とても大事なことですね。
だから、食べ残しを出さないためにも、「安いから」と言って食材を大量に買い込まない。
買ってきたものは、きっちり使いきり、冷蔵庫で腐らせないようにする。
買ってきた魚や野菜はゆでたり、刻んだり、下ごしらえをして袋に入れ冷凍庫で保存する。
こうした生活の知恵を働かせるとともに、外食の際にも食べきれない量は注文しないという配慮も欲しいものですね。
 
竹熊:いい考えですね。
やはり、食はいのちであり、薬でもありますから。
 
山田:「医は食なり」という医食同源の考え方は、中国では3000年以上も前から「食養生」として伝えられてきました。
東洋医学では食べ物でまず病気を予防し、さらに治療にも役立てていくという考えですね。
食養生で大切なのは何ですか。
 
竹熊:「快食快便病なし」といいますが、特に大事なのが「快便」ですね。
その点は人間も動物も同じです。
私は馬を飼っていますが、朝一番に馬小屋に行って糞を見る。
ポロポロ落ちているときはいいけど、ベチャァっとしているときは、「食物繊維が足りないなぁ」とピーンとくる。
藁を食べていないんです。
人間だって朝、ちゃんと出ていれば心配ないですよ。
出すものを出したら、おいしく食事をとりましょう。
 
● 砂糖もほどほどに
山田:どんな食べ物が健康にいいんですか。
 
竹熊:主食はコメにし、できるだけ胚芽を残す。
それに山田養蜂場さんの社員食堂でされているように麦や粟などの雑穀を混ぜると、なおいいですよ。
白米はビタミンやミネラルがないですから、薦められません。
野菜はできるだけ豊富に、季節のものを。
魚は骨まで愛して食べられる小魚が理想的です。
肉だってある程度は必要ですから、食べても構いません。
「過ぎたるは及ばざるが如し」というでしょう。
要は何ごとも食べ過ぎないことです。
それと砂糖の摂り過ぎには十分注意しましょう。
将来のある子どもさんは特にね。
虫歯、肥満だけでなく、摂り過ぎによっては、行動や精神面に悪影響を及ぼす恐れだってあります。
高齢者の方は構いませんよ、
恐らく入れ歯でしょうから、虫歯にはなりません。
私の娘もかつては大の砂糖好きで困りました。
勤務先の沖縄に連れて行ったため、アイスクリームやチョコレート、ケーキなどを朝から食べていました。
 
山田:その沖縄は、元々、日本でも有数の長寿県として知られていますよね。
かつては男女とも平均寿命は日本一で、今も女性は第1位を保っています。
沖縄が本土復帰した翌年の1973年、父が宮古島に養蜂場を作った関係で、よく一緒に行きました。
タンパク質やミネラルたっぷりの「島豆腐」と呼ばれる豆腐やゴーヤチャンプルーなどの沖縄料理をよく食べました。
 
竹熊:私も沖縄中部病院の指導医として1年半、滞在しましたが、ご夫婦とも100歳以上という人もいましたね。
ゴーヤ、冬瓜、イモ、ヘチマなど島の人たちは、食べたいものは全部自分たちで作って食べていました。
特に冬瓜は利尿剤としても効果があり、これを食べれば血圧の薬を飲んでいるようなもの。
周囲を海に囲まれているため、サカナも自分たちで釣り、コンブなどの海藻も好んで食べていました。
コラーゲンたっぷりの豚肉も骨まで食べていましたね。
 
山田:その豚肉も、ゆでこぼして食べるから塩分も脂も抜ける。
沖縄は、塩分の摂取量が極めて少なく、しかも野菜たっぷりの食文化ですから、高血圧や高脂血症も少なく、動脈硬化になりにくいと聞いたことがあります。
長生きができるはずですよね。
 
竹熊:ところが、アメリカが駐屯するようになってから、肉や缶詰、ファーストフードなどが入ってきた。
それに飛びついたのが若い男性たち。
しかも、車の生活で運動不足から肥満になり、生活習慣病も増えて、男性は今、全国第26位に転落しました(厚生労働省・都道府県別生命表)。
食文化が変わると寿命が短くなる。沖縄は典型的なケースです。
 
■ 花も良薬
● 病を診て人を診ない医療
山田?:最近は、臓器移植や遺伝子治療、再生医療、男女産み分けなど先端医療技術発展にはめざましいものがありますが、医療が高度に専門化する一方で、医師不足は深刻。
地域医療は音を立てて崩れようとしています。
妊婦がいくつかの病院をたらい回しにされた末に亡くなられた事件もありました。
医療事故も依然、後を絶ちません。
医療現場では相変わらず3時間待ちの3分間診療といわれ、医療や医師への不信感は消えていません。
そんな中、先生は問診にたっぷり時間をかけられていると伺っていますが…。
 
竹熊:最近は1週間に1回しか診察しておりませんが、患者さんに向き合ったら、まずカルテの「生年月日欄」を見ます。
年配の人でしたら昔の苦労話から聞き始め、職業欄に「農業」とあれば、「どんなものを栽培しているの」 「飼っている家畜は何頭くらい」といった具合に聞いていきます。
私も百姓ですから共通の話題は多いですよ。
要は、患者さんの食生活や既往歴、病気の背景などを聞き出すのが狙いです。
医師の中には、病気は診ても病人は診ない、診たとしてもその病の背景を診ようとしない人がいます。
私も大学病院にいたころは、研究テーマである血液にばかり夢中になるあまり、肝心の人間を診ていませんでした。
その反省が今の診療方法につながっています。
 
山田:?確かに3分間診療や検査づけ、薬物治療中心の現代医療に慣れた私たちにとって、先生のようにじっくり診察していただけることは、大変ありがたいことだと思います。
 
竹熊:問診でできるだけ患者さんからの情報を引き出したあとは、血圧など測ってもらいます。
異常があれば、食事内容を変えてもらい、症状が改善されなければ、漢方薬を中心とした薬を処方します。
検査が必要とあれば検査し、緊急の時や感染症の場合はすぐに専門病院に回すようにしています。
養生園では患者さん自らが病気に対する治癒力を高め、病気にならない健康づくりをめざしています。
医師だけが医療を独占する時代は終わりました。
 
山田:医師と患者さんが互いに触れ合いながら人間の体や健康をトータルに診ることはとても大事なことだと思います。
「病気」だけを診ずに「人」を診る「全人医療」が今後、ますます重要になってくるでしょう。
しかし、医療現場では相変わらず投薬中心の仕組みになっており、儲かる新薬の開発競争の温床にもなっているような気がします。
「いのち」を守るはずの医療が「経済」というものさしに振り回されているのが、残念でなりません。
 
竹熊:その通りです。
病院は薬や注射、検査をしなければ儲からない仕組みになっています。
良心的な医療をすればするほど赤字になる。
医療制度の抜本的な改革が必要ではないでしょうか。
最近の医師は病巣のある臓器を診る技術者になっているように私には思えます。
時代がどんなに変わっても、医学の基本には生命哲学がなければなりません。
医師がいのちを守る先頭に立ってこそ国民の信頼が得られるのではないでしょうか。
 
山田?:日本は専門医の育成には熱心ですが、家庭医を育てることには今ひとつ乗り気でないように思えますね。
家族に何かあったら24時間いつでも対応してもらえる家庭医がいれば、これほど心強いことはありません。
国も家庭医の育成にもっと力を入れれば、医療崩壊の心配なんかなくなると思うのですが。
 
竹熊:私もこれまで内科、皮膚科、小児科、精神科はもちろん、沖縄にいたときは、食中毒から交通事故の処置まで行いましたし、東京・立川市の病院に勤務していたときはお産まで扱ったことがあります。
こうした経験によって私は、医師として鍛えられ、今でもこの経験が大変役に立っています。
 
● キューバの医療に学ぶもの
山田:確かに日本の医療には問題が山積しています。
こうした現状を救うにはどうしたらよいかを考えると、キューバの医療システムが参考になるように私には思えます。
ご承知のように、キューバはカリブ海に浮かぶ小さな国ですが、低い乳幼児死亡率、先進国並みの平均寿命に加え、B型肝炎のワクチンを開発するなど高度な先端医療技術を持つ医療大国であることは、日本では意外と知られておりません。
しかも、がんの手術から心臓移植手術まで医療費はタダ。
「国境なき医師団」の中心メンバーとして被災国や途上国などに多くの医師を派遣し成果を上げています。
頼みの綱であった旧ソ連の崩壊のあとのアメリカによる経済封鎖で、どん底の苦境にあえぎながらも世界でトップクラスの高い医療水準を維持してきたことには、大変驚かされます。
 
竹熊:経済的な側面だけを見ると、けして豊かと思えないキューバがなぜ、できたのか私も不思議でなりません。
 
山田?:キューバは経済封鎖などで医薬品が入ってこなくなり、自前で開発せざるを得なかったようです。
しかも、貧しくて買えないから昔からの伝統的な医薬品を復活させ、大事に使っていました。
さらに軍事費を削ってまで医師の養成に力を入れ、大都会から山村までファミリードクター(家庭医)をきめ細かく配置し、徹底した予防医療を行ったことも成功につながったようです。
そのうえ、鍼灸、ヨガ、気功などの代替医療を導入したことも病気予防に効果があったとも言われています。
曲がり角を迎えた日本の医療も、持続可能な医療を成し遂げたキューバの経験に学ぶべきではないでしょうか。
 
竹熊?:まったく同感ですね。
 
● 対症療法だけでは弱くなる体
山田:日ごろ、健康食品をお客様にお届けしていて痛感するのは、最近、人間の体がどんどん弱くなっていることですね。
現代人の体質というか免疫力が以前に比べかなり落ちてきているような気がしてなりません。
 
竹熊?:菌を殺すだけの対症療法だけでは、人の体も精神も弱くなるだけです。
 
山田:病気も、この20、30年間でだいぶ変わりましたね。
文明病というか、時代に即した新たな病気が次々と出てきました。
アトピー性皮膚炎やシックハウス症候群、化学物質過敏症などのアレルギー疾患もそうです。
特に70年代生まれの9割がアレルギー体質との報告(国立成育医療センター調査)があるほどで、中でも花粉症は、春先のマスク姿が風物詩となるほどの蔓延ぶりです。
その主な原因もスギ、ヒノキの花粉にあるといわれていますが、果たしてそれだけでこんなに増えるものでしょうか。
 
竹熊:私もそう思いますね。
スギ、ヒノキなどの花粉だけが原因だとするならば、こうした木々に囲まれた山里や田舎のほうが影響を受けやすいはず。
でも実際は、東京や大阪など大都会で働くサラリーマンやOLたちの方がマスクをかけている人が多いでしょう。
それがなぜなのかを医学は解明せずに、ただ、スギの木を伐れ、花粉の少ない樹種を植えろでは、解決にはなりません。
風邪を引くのも免疫力の低下が招いているわけだし、アトピーだってそうですよ。
 
山田:免疫力が落ちているところに合成化学物質などが追い討ちをかけているのでしょうか。
合成化学物質は日常生活の中で、約5万種が使われていると聞いたことがあります。
住宅や衣類はいうまでもなく、食べ物だって食品添加物として体の中に入ってきていますよね。
1年間に人間の体の中に入ってくる食品添加物の量は厚労省などの調査では約1kgとも言われています。
 
竹熊:今、食卓をみても加工食品、輸入食品のオンパレードで、人間の体に入る食品添加物は増える一方です。
そのツケが私たちの健康に難病、奇病という形で回ってこなければいいのですが…。
 
● 安易に医者に頼らないこと
山田:アレルギーといえば、私も大学生のころ、親元を離れ、自由気ままな外食中心の食生活を続けていましたが、どうも体の調子がいまひとつ思わしくないのです。
やがてアレルギー性の鼻炎が出るようになり、親に相談したら「水風呂に入るといい」と勧められ、さっそくやってみたのです。
夏から始め、真冬も寒さをこらえながら水風呂に入っていたら、いつの間にか治ってしまいましたね。
 
竹熊:私も若いころ、アレルギー性鼻炎に罹ったことがありました。
私の場合は、暴飲暴食のうえ好物の甘いものの食べ過ぎで、肥満、糖尿病、肝臓病など、言うのも恥ずかしいくらい病気持ちでした。
食養生の大家、小川糺(ただす)先生の紹介で大阪の開業医、甲田光雄先生を訪ねると、雪の舞うその日から水風呂に入るようにいわれました。
水とお湯のお風呂に交互に4回入る方法で、繰り返しやっていたらアレルギー性鼻炎もいつの間にか治ってしまいました。
 
山田:昔は「湿疹やかぶれにはドクダミの葉が効く」とか「下痢にはゲンノショウコを煎じて飲ませろ」といった生活医学がありました。
私も、風邪の時や胃が痛い時に生薬を煎じて飲んでいる両親の姿を見て育ちました。
自然の中に生きる暮らしの知恵ですが、今は誰でもちょっとしたことで、すぐ病院に行くようになりましたね。
 
竹熊:昔はよほどのことがない限り、医者には頼らなかったものです。
病気にならない知恵をみんな母親から学んでいました。
今のお母さんたちは知識はあるけど、知恵がない。
だから、すべて医者任せ。医師のほうも頼られた以上、とりあえず薬を出す。
出さないとヤブ医者だと、言われる。私もよく言われました。
 
山田:結局は、体が発している危険なサインや悲鳴に耳を傾けながら病気になる前にしっかり自分で手を打つことですね。
 
竹熊:その通りです。
何も食べたくない時は「食うな」という指令であり、頭が痛いときは「何かあるぞ」という危険の知らせなんです。
これからは、いのちが優先される予防医学がますます広がって行くでしょう。
 
 
■ 農は生き方
● 研究室を飛び出し地域へ
山田?:先生は医師の傍ら、時には白衣を作業着に着替え、聴診器を鍬に持ち替えて畑を耕しておられますが、診療所が農園を持つのは、大変珍しいですね。
なぜ、農園を
 
竹熊?:私は学生時代から農村を見て回り、農家の疾病の移り変わりをつぶさに観察してきた経験や、自ら招いた暴飲暴食による食わずらいを食を断つことによって克服した体験から「食べ物こそ病の根源である」ことを痛感しました。
これを機に、いのちを介してつながる医と食と農の一体化による医療活動を実践しようと、大学の研究室を飛び出し、地域医療に身を投じたのです。
当時、閉院となっていた診療所を引き受ける際、農業ができることをただ一つの条件としてお願いし、50アールの農地を提供していただきました。
それが、今の養生農園です。
 
山田:なるほど。でも当時としては、思い切った決断だったでしょう。
 
竹熊?:ただ私には子どものころから、田植えや草取りなどひと通りの農作業を手伝った経験がありました。
養生農園では、農薬や化学肥料を使わずに、いろんな作物を有機栽培で育て、養生食として提供しています。
またこの農園には自給農業を啓発し汗を流すことによって農の喜びを忘れた若い世代に、その喜びを取り戻してもらいながら、「食べ物と農業」、「いのち」についてもっと真剣に考えてほしいとの思いがあったのです。
 
● 農業が滅びれば国が滅ぶ
山田?:自給農業といえば、日本の食糧自給率は先進国では最低の40%です。
和食の代表である、ご飯、味噌汁、納豆、漬物などの朝食もコメを除けば食材はほとんどが外国産といわれています。
しかも、最近は輸送技術の進歩によって野菜や魚介類などの生鮮食品までが外国から入ってくるようになりました。
しかし、「金さえあれば買える」という時代がそう長く続くとは思えません。
地球上の農地や水資源は限られていますし、今後、地球人口の急増や中国、インドなど新興国の食糧需要の増加などが予想され、万一食糧危機でも起きれば、日本の食糧確保は大ピンチに陥ると思います。
 
竹熊?:心配ですね。外国から洪水のように農産物が入ってきて、残留農薬など安全性の問題も騒がれています。
今、日本は国全体が自給の哲学を忘れていると思いますね。
安いからといって食べ物まで人任せ、外国任せでは、いのちを守る農業が滅びかねません。
よく「農業滅びて国滅ぶ」と言うでしょう。
今後、飢えの時代がくるとしたら、百姓の道しか生き延びる道はないと思いますよ。
土地と鍬と鎌さえあれば、安全な食べ物をつくることができるし、都会だって貸し農園やマンションのベランダでも簡単な野菜ぐらいは作れます。
食べ物を自給するということは、物だけでなく心も豊かにしてくれるんです。
 
山田?:自給率が落ちたのは、コメと野菜、魚介類を中心とする伝統的な食文化が廃れたのが主な原因といわれていますが、こうも外国からの輸入農産物が増えると、地元の旬の食品や伝統食が身体に良いという「身土不二」の考えや地産地消の言葉も死語になりかねません。
やはり自給することは重要ですね。先生は「百姓百品運動」を提唱されているそうですが。
 
● 百姓百品で農家を強く
竹熊?:百姓は、昔から食べるものはすべて自給してきました。
要するに、一つの作物だけでなく、いろんな作物をつくることが大事なんです。
例えば、北海道でも50ヘクタール、60ヘクタールの耕地面積を有する大規模農家でも単一の作物に頼るのは危険ですよ。
農業機械は高いし、「馬鈴薯なら馬鈴薯」、「ビートならビート」という単一作物だけの農業を行っている農家は失敗すれば一気に借金を負う羽目にもなりかねません。
だから、私は常に、3つ、4つの作物をつくるよう農家に勧めています。
自分で食べる野菜ぐらいは、すべて自給するのが百姓の誇りではないでしょうか。
 
山田?:まったく同感ですね。今では田舎の農家でさえも、自分で野菜をつくらずにスーパーで買っている時代です。
農村での食文化が壊れてしまったのでしょうね。
かつての日本の伝統的な農業は、自然とのバランスを保ちながら生態系を維持する持続可能な経済システムでしたが、欧米型の農業が入ってきて、単一の作物を作り続けたり、農薬を使って害虫を殺し、雑草を抑えるといった人工的な環境の中で自然の摂理を無視した農法を取り入れたために自然のバランスが崩れ、生態系に悪影響を及ぼしたのではないでしょうか。
ちょうど、対症療法中心の現代医学が予防医学へと重心を移しつつあるのと同じように、現代農業もある意味、曲がり角にきているような気がしてなりません。
 
● 不自然な自然を生んだツケ
竹熊?:確かに、機械による省力化と、農薬や化学肥料による化学農法の結果、土地はやせ、食べ物は歪められてきました。
野菜も旬や季節感を失い、不ぞろいのものや虫食いのものが姿を消して見てくれのよい食材ばかりが食卓をにぎわしています。
消費者もハウスのキュウリやトマトがおいしいと思っているから、農家も、そうした嗜好にあわせて、作らざるを得ない。
しかし、ハウスものは味も栄養価も露地ものに比べ、格段に劣っているといわざるを得ません。
コップ一杯の重油をたいてキュウリ1本をつくる農法で自然を不自然にしたツケは、必ずどこかでお返しとなって帰ってくるでしょう。
 
山田?:自然は正直ですからね。
 
竹熊?:私は農を経済的な視点だけで見てほしくないんです。
食べ物をつくる農は、いのちの物差しで測ってほしいですね。
農業はビジネスですが、農はいのち、人間の生き方、哲学そのものなんです。
医者はいなくても、人間生きて行けますが、いのちを生み出す農業がなくなったら生きては行けません。
しかし、今の生産者はいのちへの畏敬の気持ちが希薄のように思えます。
消費者も農業に無理解、無関心の人が多いと言わざるを得ませんね。
消費者がいのちの農業に目覚め、生産者がいのちを守る誇りと自信を持つことが日本の農業を再生する第一歩になるのではないでしょうか。
 
山田?:今、ファーストフードをはじめ加工食品、冷凍食品、調理済み食品…と次から次へと新しい食品が出回っています。
確かに手間ひまかからず、早くて便利なのですが、なぜか伝統的な食の原点を忘れているような気がしてなりません。
自分の食べる食べ物が自分の健康によいか悪いかを見分ける最低限の知識が必要でしょう。
消費者が賢くなれば、生産者も日本の農業も自ずと変わっていくと思います。
 
竹熊?:そう思いますね。
健康な土は、健康な食べ物を育て、健康な食べ物は、健康な身体を育んでくれます。
 
山田?:もう一つ、気になるのが農家の高齢化です。
農業に従事している人たちの6割近くが65歳以上で、耕作放棄地は増えるばかり。
日本の農業の先行きが非常に心配されます。
 
竹熊?:ところが、最近の経済不況による企業のリストラで失業者が続出し、若い人たちが徐々に農業に戻ってきているような気がします。
農業が雇用の受け皿になっているんですね。だから今がチャンスです。
若者が土に生きる喜びに目覚め、優秀な人たちが農に帰ってくれば、そこに新しい道ができる。
人間には本能として自然の中で働きたいという欲求があります。
しかも、お天道さま以外、だれにも頭を下げなくてすむ。
若い人たちにはぜひ農に戻ってきてほしいですね。
 
● 食は人間の生き方
山田?:先生は、農は「生き方」とおっしゃいましたが、生き方といえば今、スローフード運動が世界的にブームになっていますよね。
元々、消えゆく恐れのある伝統的な食材や料理などを守ろうとイタリアの片田舎で始まった運動です。
今、日本では若者世代を中心にファーストフードやコンビニ弁当を好み、輸入農産物に頼りがちな人が多く見られますが、そんな日本人にこそ、この運動の精神に基づいたスローな生き方が求められているようにも思えますね。
個々人のライフスタイルを大切にしながら郷土の食文化を取り入れた心豊かな生活を送る。
まさに人間の生き方であり、食への思いといってもよいのではないでしょうか。
 
竹熊?:その通りです。
日本にもたくさんの郷土料理やすぐれた食文化がありますから、ぜひ子や孫の代にまで受け継いでいってほしいと思いますね。
 
山田?:前回、キューバの医療事情に触れましたが、医療だけでなく農業や民衆の生き方でも私は大変考えさせられました。
ご承知のように、キューバは旧ソ連崩壊後にアメリカの経済封鎖が追い討ちをかけ、輸入が激減しました。
化学肥料や農薬が極端に不足し、仕方なく有機農業を復活せざるを得なかったといわれています。
化学肥料や農薬の代わりに、鶏糞や牛糞、家庭の生ごみ、ミミズ堆肥などを利用しながら、牛を使って畑を耕していると聞きました。
コストはかからず、環境的にも持続可能な農業を実践し、今や知られざる有機農業大国といっても言い過ぎではないと思います。
貧しさや困難をお金をかけずに創意工夫で乗り越えようとする民衆の生き方に学ぶ点は多いですね。
 
竹熊?:1年中、メロンやスイカ、イチゴなど食べたいものは何でも食べられ、なければ外国から輸入してでも手に入れようとする日本人。
おまけに、農薬にまみれた農産物は、食べ物というより、農産加工品といってもいいくらいです。
キューバの人たちの生き方を考えるとき、豊かさとは一体、何だろうかとつくづく考えさせられますね。

石川県認定
有機農産物小分け業者石川県認定番号 No.1001