あんな話 こんな話  76
 
食品添加物のトップセールスマンが明かす
食品製造の舞台裏
知れば怖くて食べられない!
安部司著
『食品の裏側』
より その1
 
 
●はじめに
◆『白い粉』だけでとんこつスープができる
 
「さて、いまからラーメンスープを作って見せましょう。
味は何が言いですか? 私は九州人なのでとんこつ味と行きましょうか」
私が講演でよく頼まれてする実演です。
ずらりと並んだ「白い粉」の小ビンの数々。
それを前に私が腕まくりをすると、参加者はみんな何が始まるのかときょとんとしています。
 
目の前の「白い粉」から「ラーメンスープ」ができるなんて、誰が想像するでしょうか。
「これが本当のさじ加減ね」
冗談を言いながら、数十個の小ビンの粉を次々とスプーンですくっては「調合」。
 
何十年もやってきたことですから、手が加減を覚えています。
よく混ぜ合わせて、それにポットのお湯を注げば「スープ」の完成。
使ったのは「白い粉」だけ。一滴のとんこつスープも混ぜていません。
 
「さあ、とんこつスープですよ。飲んでみませんか?」
私がコップを差し出すと、参加者は一様にぎょっとしたように身を引きます。
それはそうでしょう。
「白い粉」を調合したものを「はい、とんこつスープです」と渡されたら、誰だって困惑します。
 
しかし、そのうち「勇気ある」ひとりが恐る恐る飲んでみる。
「あっ! 本当にとんこつスープです。おいしい!」
その言葉をきっかけに、皆が飲みはじめます。
「ホントだ、ラーメンのスープの味に間違いない!」
「いつも食べているあの味だ!」
驚きの声が上がります。
普段、とんこつラーメンを食べなれているはずの九州の人でさえ「おいしい」と思うものも、一滴のとんこつスープも使わず「白い粉」だけでつくれてしまうのです。
 
 
◆どう食品が作られているか誰も知らない
 
ほとんどの人は、自分が食べている「食品」がどのように作られているか知りません。
普段コーヒーに入れているミルクが、水とサラダ油と添加物だけでできていることを知らない。
サボテンに寄生する虫をすりつぶして染めた「健康飲料」を飲んでいるとは思いもしない。
 
「体のため」と思って買って食べているパックサラダが、「殺菌剤」のプールで何度も何度も消毒されているのを知りようがない。
今食べたミートボールが、大量の添加物を使って再生された廃棄寸前のクズ肉だということなど想像もできない。
 
毎日毎日、自分の体の中に入れる「食品」なのにもかかわらず、それがどうやってつくられていて、その「裏側」でどのような添加物がどれほど使われているのか・・・・・・それについて私たちは何も知らないのです。
 
ただただ、「一流メーカーが作っているから大丈夫」、「大手スーパーが売っているから、変なものがあるはずがない」
そう無邪気に信じて食べているのです。
 
 
◆食品添加物の危険性だけを騒いでも意味がない
 
その一方、添加物の毒性に注目して、その危険性のみをとり沙汰する動きが一部にあります。
「ソルビン酸は危険だ」
「合成着色料は発ガン性がある」
「これは買ってはいけない」
「あれは食べてはいけない」
そのように、添加物の毒性のみを声高に主張する動きです。
 
残念ながら、添加物を扱った本は、そういった危険性を煽る本がほとんどで、「これは比較的安全」「これは危険」といった「毒性レベル表」のようなものもよく掲載されています。
しかし、添加物の毒性のみを煽り立てるのは私の意図するところではありません。
 
もちろん、添加物に毒性はないのかといえばそんなことはありません。
毒性もたしかに考えるべき問題ですし、安全性が完全に証明されていない添加物が使われているといった現状もたしかにあります。
 
しかし、添加物の「害悪」というけれども、私たちは間違いなく添加物の「恩恵」も受けているのです。
 
自分で作れば2時間もかかるものが、加工食品を使えば5分でできる。
スーパーやコンビにでは、いつでもどこでも簡単にそれほど高くない値段で食品が買える。
 
本来ならすぐに腐ってしまうはずのものが、長持ちしておいしく食べられる。
忙しいときや面倒くさいときは、加工食品を使えばラクに簡単に食事が用意できる。
そんな『安さ」「手軽さ」「便利さ」・・・・・・それは食品添加物があってこそのものです。
 
そういう添加物の「光」の部分を享受しながら、「影」の部分だけを攻めても意味がありません。
それに、これほど添加物があらゆる食品に使われている現在、それをまったくとらないのは現実問題としても不可能です。
 
そうした現状がある以上、目くじらを立てて「添加物は毒だ、排斥せよ、ゼロにせよ」と騒いでも、何の問題解決にもならないのです。
それに、「添加物=毒性」という単純な図式しか頭にないと、計り知れない大きな問題を見逃すことにもなるのです。
 
 
◆食品の「裏側」を告発するはじめての本
 
私が主張したいのは、「添加物の情報公開」ということです。
添加物の世界には、消費者にはみえない、知らされていない「影」の部分がたくさんあります。
 
食品製造の「舞台裏」は、普段の消費者には知りようがありません。
どんな添加物がどの食品にどれほど使われているか、想像することさえできないのが現状です。
 
しかし、実際に食品を選ぶのは私たちです。
それを口にするのは私たち消費者です。
 
「そんな風に作られているのなら、食べたくない」
「高いお金を出しても、無添加のものがいい」
「安全性も大事だけど、やっぱり安いほうがいい」
「そもそも添加物に関心がないし、気にしない」
そのどれを選ぶかは、消費者の自由です。
 
ただ、そのためには、まずは事実を知らないといけない。
知らなければ判断のしようもない。
にもかかわらず、現状では何も知れされていないし、何も知ることができない。
本書は、そんな「裏側」を告発するはじめての本多と思います。
 
 
私はかつて食品添加物の専門商社に勤めていました、
食品添加物を売り歩くセールスマンだったのです。
私は食品添加物の現場を、ほかならぬこの目で見てきた人間です。
机上の研究では決して見えてこない、私しか知りようのない、食品添加物の「真実」、食品の「裏側」をこの目で見てきた「生き証人」です。
 
しかし、あるきっかけで添加物の商社を退職した私は、その後は添加物についての講演活動をポツポツと行うようになりました。
幸いにも「安部先生の話はとてもわかりやすい」「面白い」と好評で、今では全国から講演の以来をいただきます。
 
全国を歩いて驚いたのは、これほど多くの人が添加物に関心を持っているのかということです。
しかいその一方で「添加物のカタカナが難しい」とか「毒性のリストがちっとも覚えられない」といった声もよく効きます。
 
私は添加物の現場に立った人間という自分の経験を最大限に生かし、「添加物の翻訳者」として、皆さんにできるだけわかりやすく、かつ面白く添加物の話をしていこうと思っています。
 
 
 
●序章 「食品添加物の神様」と言われるまで
 
◆かあちゃん!
俺は日本一の添加物屋になって見せるぜ!
 
30年前のことになります。
大学を卒業した私は、ある食品添加物の専門商社に入社しました。
食品メーカーや地元の製造工場、個人商店などの得意先に、添加物を販売するのが仕事です。
 
入社したばかりの私の目にまずとまったのは、添加物の化学記号でした。
「亜硝酸ナトリウム」「ソルビンサンカリウム」「グリセリン脂肪酸エステル」「パラオキシン安息酸イソブチル」・・・・・・。
 
もともと大学で化学を専攻していましたから、化学記号にはなじみがありましたが、そういうものが自分たちが口する「食品」に使われているのかと、軽い驚きを感じたものです。
 
しかし、はじめて食品の加工現場を見たときの驚愕は、そんなものではありませんでした。
添加物の「効き目」――それはすごいものでした。
 
暗い土色の原料タラコ。
それが添加物の液に一晩つけるだけで、赤ちゃんの肌のようなプリプリのタラコに変貌するのです。
 
それにたくあん。
ベージュ色のシワシワ干し大根も、一晩添加物につけると、きれいなまっ黄色のたくあんになる。
ポリポリと歯ざわりもよく、誰もが確実においしいと思う味になっているのです。
しかも添加物を使ったことで、従来よりも低塩でできる。
それなら体にもいいのだと、私は心から感心しました。
 
添加物はすごい。魔法の粉だ。
天職にめぐり合えたと思いました。
よし、もっともっと勉強して、日本一の添加物屋になってやろう。
入社したばかりの若い私は意欲に燃えたのでした。
 
 
◆4時起きでかまぼこづくりを学んで
 
日本一の添加物屋になるためには、とにかく現場を知らなければならない。
まずは現場主義に徹しよう。
これが、私が最初に考えたことでした。
 
たとえば朝4時に起きてかまぼこ工場に出向き、仕事を手伝う。
こういう食品の製造工場はたいてい朝が早いのです。
パートのおばさんたちに混じって働きながら、かまぼこの基本的な作り方・製造技術を学ぶのです。
 
一仕事終えた後、何食わぬ顔をして出勤。
朝礼のときに同僚に「あれ?今日はなんか魚くさくない?」と変な顔をされたことも何度かありました。
 
こうやって現場になじんでいると、どの食品にどのような添加物が必要か肌で学ぶことができるし、何より人間関係というものができてきます。
最初はろくに口も聞いてくれないような麺の製造工場の頑固親父。
それが日参して仕事を手伝ううちに徐々に私に心を開いてくれ、ボツボツと世間話をするようになってきます。
そのうち、「この麺品質はいいんだけど、日持ちがしないから困っているんだよ」 ボソッと悩みを打ち明けてくる。
 
少人数や同属経営でやっている加工食品業者は、こうした悩みをいろいろ抱えているのです。
そこで私はここぞとばかりに、「それだったらいいのがあります。
『プロピレングリコール』という添加物を使うと、全然違いますよ」
「あと、『pH調整剤』を入れると日持ちしますよ」と持ちかける。
いってみれば「悪魔のささやき」です。
 
頑固親父も今は私を信じてくれていますから、「そうか、それじゃ、あんたが言うならやってみるか」となる。
 
他社の営業マンのようにいきなり押しかけて、「おたく様の麺にこの添加物はいかがでしょうか?」とやるのとは大違いです。
「訪問回数より訪問密度」――これで私は添加物をどんどん売ってきました。
 
 
◆食品添加物は、誰もが喜ぶ魔法の粉
 
餃子の皮の製造工場では、仲良くなった工場長が、「皮を抜くときに機械にくっつくことがあって、そのたびに機械を止めならなくてはいけないんだ。何とかならんかね?」と聞いてきたことがありました。
 
そこで私の顔はまたまたぱっと輝き、
「じゃ『乳化剤』を入れましょう。
作業がグンと楽になるしひからびも防げますよ。
あと『増粘多糖類』も入れると、腰が強い皮になります。
それぞれ2種類ずつ使ってみたらどうです?」
また「悪魔のささやき」の始まりです。
 
先ほど同様、ずっと通っている私を信じていてくれるので、「それはいいね、使ってみようか」と相手は応じてくれます。
これで添加物が4つ売れたわけです。
 
4種類を納品して数日経ってから行ってみると、工場長は満面の笑顔。
「イヤー、あれを入れたら機械が一度も止まらなくなった。
あのクスリ(業界では食品添加物をこう呼びます)はすごいよ」と大喜びです。
こうして私は売り上げをどんどん伸ばして言ったのです。
 
 
◆職人の魂を売らせる「悪魔のささやき」
 
そのうち、私の売り方はさらに巧妙になっていきました。
加工食品業者に対して、添加物を使わせるための「陽動作戦」に持ち込むのです。
 
たとえばあるうどん屋。
そのお店は手打ち麺が好評で客の入りもよく、ご主人はた店舗展開を目指していました。
ところが、手打ちうどんを打つ職人がなかなか育たない。
厨房に長くいる若い人に打ち方を伝授しても、自分の打つものにはとても及ばないというのです。
やはりうどんも長年修行して初めて培える技というものがあり、見よう見まね程度では身につかないのです。
 
そんなとき、私はここぞとばかりに登場して「入れ知恵」つけるわけです。
「こねる時に『グルテン』を入れれば、腰が出てつるつるした麺が簡単にできますよ。
あと、これとこれも入れると、さらに楽にできますよ」
そういって、ほかに『乳化剤』『リン酸塩』などを数種類使って麺を作ることを提案。
 
実際、こうした添加物を使えば職人技など無用。
パートのおばちゃんでも、簡単に「シコシコ麺」が作れるのです。
「ただし、その「シコシコ麺」は、本物の手打ちと食べ比べたら、違いは明らかです。
でもそれだけを食べたらわからない。
言葉は悪いですが、「その場はごまかせる」のです。
 
スープも簡略化を提案。
「わざわざ店で作っていたら間に合いませんよ。工場で大量生産して缶で納入します。そのほうがラクだし安く上がりますよ」
そうして、そのうどん屋の味に似せたスープを開発。
 
もちろん化学調味料や「酸味料」などの天下物を駆使して、原価を安くして作ったもの。
それをガロン缶に入れて運び込みます。
「このスープを10倍に薄めればばっちりですよ」
 
ご主人は大喜び。
いままで足で踏んでこねたり、寝かせたり、大変な手間隙をかけて作っていたうどんが、添加物のおかげで簡単にできるようになり、スープも缶から注いで薄めるだけでいいのですから。
 
さらには、麺をゆでる釜にも添加物(酸味料)を使うことも勧めました。
それを使うと切り口がドロドロにならず、湯で上がりがきれいになるのです。
 
これで麺もうどんも手間隙がかからず、量産体勢が可能に。
主人は2店舗、3店舗と店舗を増やし、私もホクホクでした。
 
 
◆「つらい仕事は息子さんが継ぎませんよ」
 
あるかまぼこ屋さん。
そこの主人は朝3時から起きて、市場からイトヨリやエソなどの地魚を仕入れてきて、かまぼこをつくっていました。
仕入れた魚をさばいて、すり身にしてから蒸すのですが、魚は毎日同じものを使うわけではありませんし、脂の乗り方もひによって異なります。
 
魚の状態を見分け、練り加減や塩加減などの微妙な調節をしなければなりません。
そこには長年の職人のカンというものが必要です。
そこの主人はいぶし銀のような職人技の持ち主で、昔ながらのかまぼこを生真面目につくりつづけていました。
 
ところがある日、主人は私にこんな打ち明け話をしてきたのです。
「スーパーがね、うちのかまぼこは高くて売れないというんだよ。
もっと特売に出せるような安いのを作ってくれ、って」
私にとってはまたまたチャンス到来です。
 
輸入物の「冷凍すり身」が出回り始めており、これを使うことを勧めたのです。
最初からすり身になっているものを使えば、いちいち朝起きて仕入れに行かなくてもいいし、魚肉を骨からはずす手間も不要です。
ところがこの冷凍すり身は、なんともそっけもない味。
とてもそれまでのかまぼこの味は出せません。
 
そこで「化学調味料」や「蛋白加水分解物」などの調味料や「大豆たんぱく」などをバンバン投入。
似たような味を作り出すのです。
 
「冷凍すり身を使うなんて、かまぼこ職人の名折れだ」
当初は親父さんも渋っていましたが、「スーパーでたくさん売れますよ」との私の誘い文句にどうしょうかと思案顔。
そこに重ねて、「親父さん、時代は変わっているんですよ。第一、そんなつらい仕事は息子さんが継ぎませんよ」と殺し文句。
 
これが決めてとなり、そのかまぼこ屋は長年の「職人技」を捨て、「添加物かまぼこ」をつくりはじめました。
 
 
 

石川県認定
有機農産物小分け業者石川県認定番号 No.1001