■ 野菜・果物と健康 (123)
 
日本人のための食養生活
これを食べれば
医者はいらない
若杉友子 社祥伝社刊 より  その5
 
C 減塩なんて必要ない
 
●なぜ減塩が叫ばれているのか
 
「減塩醤油」「減塩梅干し」「減塩味噌」、あげくの果てに「減塩しお」なんて代物(しろもの))が出回るほど、世の中では減塩信仰が広まっています。
塩の取りすぎはよくないと言われて久しいけど、この減塩の影響で、貧血、冷え性、低体温、便秘症の人が増えているんです。
 
塩は人間にとってなくてはならないもの。
塩気が足りないと、力が湧いてこないし、元気になれない。
具合の悪い人などに「塩梅はどう?」と尋ねるけど、これも「からだの塩気はどう?足りている?」と聞いているわけです。
体内の塩は、汗や涙、おしっこと一緒に毎日排出されます。
からだから出て行った塩分をちゃんと補っていくことが、健康の秘訣なんですよ。
 
じゃあ、どうして塩は、目の敵のように悪者扱いされているのでしょう?
原因の一つは肉食です。
肉はナトリウムの塊で、塩もまたナトリウムからできています。
ナトリウムは血中濃度を上げる作用がとても強いため、肉を食べたからだに塩が加わると、炎症を起こして、からだがトラブルを起こしてしまうんです。
 
経済が回るように国や産業界は肉を食べさせたい。
ところが、肉を食べている人が塩を摂っていると、血圧がガーッと上がり、体調を崩してしまう。
だから塩気を控えるように言っているわけです。
 
一汁一菜の食事をし、肉はめったに食べないという人であれば、減塩なんて考える必要はないんです。
 
もう一つの原因は、精製塩が出回ったこと。
精製塩というのは、塩化ナトリウムが99%を占める化学物質です。
天然の塩には、塩素・ナトリウム・カルシウム・マグネシウム・マンガン・ニッケルといったミネラルが含まれているんです。
精製塩とか食塩といっているけど、あれは塩ではありません。
精製塩と天然の塩とは、天と地ほどの差がある。
精製塩は塩化ナトリウム。
化学物質だから、体内で悪さを起こすのです。
 
その精製塩が塩の代用品として多くの家庭で使われるようになったため、高血圧や脳溢血になる人が増えて、「塩分は悪い」といわれるようになったのです。
天然の塩まで悪いものと誤解されないよう、「精製塩が悪い」といい改めてほしいものです。
 
 
●塩は体温を上げ、血をきれいにする
 
塩に含まれるミネラル成分は、人間にとって必要不可欠なものです。
カルシウムとカリウムには、粘膜や筋肉を広げる働きがあり、逆にマグネシウムとナトリウムには縮める働きがある。
拡張させるものと収縮させるものが同時に含まれているから、塩をきちんと摂っていると体調が安定するんです。
 
しかも、質のいい塩には、基礎体力や抵抗力を強くし、胃の働きを強くする働きがあります。
体の新陳代謝を活性化させるのも塩であり、血を作り、体温を上げるのも塩。
血を舐めるとしょっぱい味がするのは、血液が塩から作られていることの証拠です。
血液がちゃんと作られ、血液がからだを巡ることで、体温が上がり、活力が湧いてくるんです。
 
厚生労働省は塩分摂取量の目安を1日10グラム以下としていますが、昔の人は1日30グラム以上摂っていました。
味噌で摂り、煮物で摂り、漬物で摂るというように、バランスよく塩気を摂っていたんです。それでみんな元気で明るく、子だくさんだたんです。
 
昔に人と同じ量だけ塩気を摂れとは言わないけど、間違った減塩信仰に惑わされて、塩を控えすぎないようにしてほしいと思います。
塩気が足りないと血液を作る働きが弱くなり、低体温、冷え性、貧血を引き起こします。
日本人がこぞって減塩したら、それこそ、日本全体に活気がなくなり、日本人全体がしょぼくれてしまいますよ。
 
 
●「適塩」のすすめ
 
自ら世話をして大切に育てることを「手塩にかける」といいます。
この「手塩」というのは小さな皿に盛って食卓に置いた塩のこと。
食事を共にする家族であっても、その日の体調はそれぞれ違います。
自分の体調にあった塩加減に調味するようにとおかれたのが手塩というわけです。
 
塩はとても貴重だったので、この手塩はその家の長が一人ひとりに配っていました。
でも、小さな子供は一人前になっていないということで手塩は割り当てられなかったんです。
とはいえ、人間にとって塩は必要不可欠なもの、そこで、父親や母親が自分の手塩を、小さな子供にちょうどよい分だけ分けてあげた。
そこから「手塩にかけて育てる」という言葉が生まれたんですね。
 
いつからか「手塩」は使われなくなり、食卓を囲んだ人は、同じ料理を食べるようになったけど、必要とする塩気は人それぞれ違います。
たくさん運動をして汗をかいた子供は、家事をしていたお母さんより塩気をほしがるはず。
お風呂上りも汗をかいているから、通常よりも塩気がほしくなりますね。
このように、一つ屋根の下に暮らす家族といえども、その時々にそれぞれが必要とする塩気は違うものです。
 
私は、そのときのその人の状態に適した塩気を「適塩」と呼んでいます。
1日10グラム以上摂ってはいけないから、などといって塩分を控えてしまったら、重労働をしている人は腑抜けになって、次に日の仕事に力が入りません。
 
味噌汁でもお吸い物でも口に含んだときに「ああ、ちょっと濃いな」と思ったらお湯を足して薄めればいいし、「ちょっと薄いな」と思ったら、塩や醤油を足して自分がおいしいと思う濃さにすればいいんです。
 
塩は健康の敵のように思われているけど、必要もないのに減塩をしたら、かえって病気をしてしまいます。
闇雲に「減塩」するのではなく、自分のからだの状態を考え、自分のからだが本当に必要としている塩分をその時々にきちんと摂る「的塩」を心がけてほしいと思います。
 
 
●神棚を見れば、
人間のからだに必要なものがわかる
 
戦後、生活様式がすっかり西洋化してしまい、今では神棚がある家が少なくなりました。
しかし、昔の家には必ずといっていいほど神棚がありました。
寝食をする家の中に神棚という神様に居場所をつくり、毎日、神棚にお供えものをし、神棚に向かって手を合わせ、自分たちが生かされていることを感謝したんです。
 
そして神棚にお供えするのは、水と米と塩。
お正月やお祭りといったハレの日には、お神酒や野菜・魚をお供えすることもあるけど、日常的にお供えするのは水と米と塩。
そして両脇に榊を飾り、ろうそくを灯すのが基本です。
 
これらのお供えものが象徴しているのは、人間が生きていくうえで必要なものです。
榊とろうそくで火をおこし、水と米でご飯を炊く。
ご飯だけでは味気ないからそこに塩を加えて、味をよくし、栄養のバランスをとる。
 
神棚のお供えものは、これだけあったら人間は生きていけるということを教えているんです。
裏を返せば、人間のからだには米と水と塩が必要不可欠ということを教えているといってもいいでしょう。
 
もう一度いいますが、塩は人間が生きていくうえでなくてはならないもの。
生命の糧なんです。
間違った減塩信仰から抜け出し、ミネラルがたっぷり含まれた本当の塩を、からだに適した分量でしっかり取り入れましょう。
 
そして、たとえ家に神棚がなくても、どこかにちょこっと水と塩とお米をお供えして、一日に一度でもその前で手を合わせ、自分が毎日生かされていることに対し「ありがとうございます」と感謝する気持ちを持ってほしいと思います。
 
 
 
D 食べものにはがある
 
●桜沢如一との出会い
 
私が「食養」に出会ったのは、静岡で暮らしていた頃のことです。
お弁当配りのボランティア活動を一緒にしていた仲間から、「この本読んでみて」と一冊の本を渡されました。
それが桜沢如一の著書『新食養療法』だったんです。
 
桜沢如一というのはマクロビオティックの創始者で、「食養」という考え方を世界的に広めた人です。
「食養と」いうのは、石塚左玄(1851〜1909年、明治時代の医師)が初めて使った言葉で、毎日の食事によって病気を予防し、治療しようとするもの。
今で言う「医食同源」と同じ発想ですね。
 
貧しい家に生まれた桜沢はからだが弱く、いろいろな病気に苦しめられました。
お母さんも30代で亡くなっているし、弟もなくなっている。
病弱ながらも桜沢は生き残り、20歳の頃、明治時代の医師である石塚左玄が唱える「食養」に触れたんです。
そして、自ら「食養」を実践することによって健康を回復しました、
 
左玄は、「食養」の考え方を次のように示しています。
 
食本主義――健康の基本は食、病気に原因も食にある。
人類穀食動物論――人間は穀物を主食とするようにできている。
身土不二――土地の環境にあった食事をとることで、心身も環境に調和する。
陰陽調和――陽性のナトリウム、陰性のカリウムのバランスが大切。
崩れすぎると病気になる。
一物全体――一つの食物を丸ごと全体を食べることで陰陽のバランスが保たれる・
 
桜沢は、左玄が提唱したこの「食用五原則」にしたがって、病弱だった自分のからだを立て直しました。
その後、桜沢は貿易の仕事をしながら、石塚が主催する大日本食養会に参加し、石塚の死後、その大日本食養会の活動に専念しました。
そして、左玄の理論に易の陰陽理論を取り入れ、発展させていったんです。
 
本をもらったときはあまり興味はなかったけれど、パラパラとめくっているうちに、ナトリウム元素とカリウム元素がどうのこうの・・・・・・、食べもので病気を治した云々・・・・・・といった記述が目にとまりました。
「どういうことだろう?」 と読むうちにどんどん引き込まれていき、その本を読み終えたあとは、「食養」の考えにすっかり賛同してしまったわけです。
 
既に桜沢如一は亡くなっていましたが、奥様である桜沢里真サンや桜沢の意志を継いだ弟子たちが料理教室や勉強会を開いていたので、私はそうしたところに参加して「食養」の勉強を始めたのです。
里真さんから食養料理の手ほどきを受け、中級の資格も得ました。
 
「命と暮らしを考える店」を開いたのも、「食養」の考えを広めようと考えたから。
自然食品を販売するかたわら、食養の料理教室や勉強会をしました。
おかげさまで店には口コミで大勢の人が来てくれたけど、自分でお米を作らねばと思い立ち、こうして京都の山奥で自給自足の生活を送るようになったんです。
 
ところで、桜沢の本を私に勧めてくれたのは、1でお話したマコト君のおばあちゃんです。
彼女がこの本を私に薦めなければ私は食養と出会うこともなかっただろうし、食養を勉強しなかったらマコト君のアレルギーについて相談されることもなかった。
人生の巡り合わせというものはつくづく不思議なものです。
 
 
●食べ物の陰と陽
 
「食養」を正しく理解するためには、陰陽について知っておく必要があります。
陰陽思想、陰陽論、陰陽説といわれるように、東洋には古くから「万物は陰陽よりなる」という哲学があります。
 
たとえば、一枚の葉っぱを見ると、裏があり表がありますね。
裏ばかりの葉っぱもなければ、表ばかりの葉っぱもない。
表裏一体となって、一枚の葉っぱとなっているわけです。
 
どの葉っぱにも必ず裏と表があるように、すべてのものに陰と陽とがある。
自然界のあらゆるものは、陰と陽に分けられる。
これが陰陽の考え方です。
 
月は陰で太陽は陽。、大地が陽で、天が陰。曇りや雨は陰で、晴れているのは陽。
冬が陰で、夏が陽。女性が陰で、男性が陽。植物が陰で、動物が陽。
このように陰と陽は互いに相反する本質を持っています。
けれど、相反すると同時に片方がなければ、もう片方もないという関係にあるんですね。
 
陰がなければ陽もない。陰があるから陽があるわけです。
また陰だから悪いわけではないし、陽だからいいというわけでもありません。
陰と陽はペアなんです。
そして、陰と陽とが調和することによって自然の秩序が保たれるのです。
 
食養は、この陰陽の思想を食べものに当てはめたものです。
左玄は食べものに含まれるミネラル成分、カリウム元素とナトリウム元素に着目し、カリウムが多く含まれるものを陰性とし、ナトリウムが多く含まれるものを陽性と定義しました。
 
カリウムが多い陰性の食べものは、大まかにいうとからだを緩める働きがあります。血管や腸管を緩め、からだを冷やします。
一方、ナトリウムが多い陽性の食べものは、からだを縮める働きがあります。
血管や腸管を締め、からだを温めます。
 
からだは緩めすぎてもいけないし、締めすぎてもいけない。
どちらかに偏るのではなく、陰陽が調和した「中庸」の状態にすることによって、からだの秩序が保たれ、健康を保つことができるんです。
人間のからだは食べものによって作られているので、食べものに含まれるカリウム元素=陰とナトリウム元素=陽をうまく使って、からだの陰陽を調整していこうというわけです。
 
食べものの陰陽を知らないまま、「血をさらさらにする」「血管を強くする」といった宣伝文句を鵜呑みにして、テレビや雑誌で取り上げた食品ばかりを集中的に食べていたら、からだが陰性か陽性のどちらかに偏りすぎてしまい、逆に体調を崩してしまいます。
 
それから、ひと頃騒がれていた「アルカリ性食品」と「酸性食品」にも注意が必要です。
酸性食品は体に悪く、アルカリ性食品はからだにいいというように言われていたけど、アルカリ性食品の中にも陰性のものと陽性のものがあり、酸性食品の中にも陰性のもにと陽性のものがあるんですよ。
 
確かに血液を汚す酸性食品に比べれば、浄血作用があるアルカリ性食品のほうがいいといわれるのもうなずけますが、でも「アルカリ性食品」だから何でもいいというわけではないので、注意してちょうだいね。
 
たとえば、院生のアルカリ性食品というのは、地を汚すことはないけど、血液の濃度を薄くするため、免疫力や治癒力を低下させたり、スタミナを落としたりする危険性があるんですよ。特に女性の場合は、院生のアルカリ聖書k品を多くとることによって低体温となり、生理通夜生理不順、無月経になっています。十分に気をつけてほしいと思います。
 
 
●からだが陰か陽かを見分ける方法
 
自分のからだを中庸に保つためには、食べ物の陰陽を知ることはもちろん、自分のからだが陰性なのか、陽性なのかを汁必要があります。
 
基本的に陰性体質の人は、体温が低く、手足が冷たいという特徴を持っています。
目がクラクラ回ったり、頭がフラフラするとのも、陰性体質に現れやすい症状です。
そして陽性体質の人は、体温が高く、血圧も高い傾向にあります。
 
陰性体質の人が、極陰性(陰性が非常に強い)の食べ物を日常的にとると、低血圧や冷え性や便秘になりやすく、そこから大きな病気を引き起こしかねません。
一方、極陽性(陽性が非常に強い)体質の人が、陽性の食べ物を日常的にとると、高血圧や脳梗塞といった病気になる危険性が高まります。
 
陰性体質の人は要請の穀物や味噌、醤油で似たものを中心にとり、陽性体質の人は院生の青い野菜や白い野菜をおひたしや和え物でうまく取り入れることで、からだをバランスの取れた中庸の状態に持っていくことが大切なんです。
 
からだが中庸の状態にある人は、体温もきちっと36.5度あります。
若い女の子だったら、毎月規則正しく生理がやってくるんです。
性格も明るくて、元気で活動的に生き生きしています。
といっても、からだの状態は常に同じわけではありません。
同じ人でも、その日の食べものによって陰性に傾いたり、陽性に傾いたりします、
 
自分がどちらの体質であるかを知っておくと同時に、健康のバロメーターとしてその日その日のからだの状態を把握することで、その時々の体調に合った食べ物を摂っていきたいものですね。
 
自分のからだが陰性体質なのか、陽性体質なのかを見分ける方法があるのでここで紹介しておきましょう。
 
朝目が冷めたときに、お布団の中で掌(てのひら)をギュと握ってみるんです。
ちょうど赤ちゃんが生まれてくるときのように、親指を中に包み込んで拳をつくるわけですね。
力強く握れて、他の人がその握った拳を開こうとしても、固くて開くことができないくらいだったら、その人は陽性体質になっているということ。
逆に、力が入らず、他の人に簡単に拳が開かれてしまうような場合は、その人は陰性体質になっているということです。
 
体温や顔色、手を握ったときの力の入り具合などから、自分がどちらの体質になっているのかを自覚し、それを踏まえたうえで、からだが必要としている食べものは何なのかを考えていきましょう。
 
 
●肉を食べると甘いものがほしくなる
 
人間のからだというのはよくできたもので、食べている本人が食べ物の陰陽について知らなくても、体に取り入れる食べものの陰陽のバランスを、無意識のうちに調整しようとします。
 
たとえば肉料理を食べたときに、生野菜のサラダがおいしく感じられ、食後に甘いデザートが食べたくなるでしょう。
これは、からだが陰陽のバランスをとろうとしているからなんです。
肉を食べるとカロリー過多になり、体温がいきなりガーッと上がってしまうので、体温を下げる作用のある生野菜や果物、スイーツといった食べ物がほしくなるわけです。
 
肉を食べて甘いものを食べて、口が大満足。
その上、陰陽の調和が取れて中庸になるのであればいいじゃないかと思うかもしれないけど、そんなことはありません。
 
なぜなら、肉は極陽性の強酸性食品であり、スイーツの材料として使われている砂糖は、極陰性の酸性食品だからです。
極陽性の酸性食品というのは、血を汚し、動脈を硬化させ、血圧を上げ、心臓・肝臓・膵臓の機能を低下させるという、からだにとても悪い影響を及ぼします。
 
また、極陰性の酸性食品の砂糖は、血液を溶かして崩壊させ、静脈の流れを悪くし、胃腸の機能を低下させるという、これまたからだによくない影響を及ぼすわけです。
 
つまり、極陽性の強酸性食品と極陰性の強酸性食品を同時に摂ることは、からだを非常に悪い状態にし触れ幅の広い陰陽のシーソーで、バランスを壊しているのです。
これでは陽性の病気と陰性の病気をそれぞれ同時に進行させることになってしまいかねません。
 
バランスをとったつもりが、逆に病気を進行させてしまっては元も子もありません。
だから極陽性の食べ物や極陰性の食べ物は摂らないほうがいいんです。
中庸のものを中心に、中庸から極端に遠ざからない範囲で、陽性のものと陰性のものをそれぞれ食べて、からだの調和をはかることが健康に近づく秘訣です。
これが“医者いらず”の食事といえます。
 
特に白砂糖というのは、人間の体にとって、百害あって一利なしの食べ物。
白砂糖の害については「 F からだにいい食材、注意すべき食材」 で詳しく話しますが、私がなぜ肉を目の敵のように「食べるな」と言っているのかといえば、「肉を食べると甘いものがほしくなる」というのも、大きな理由のひとつなんです。
 
甘党の人は、必ずといっていいほど肉をよく食べています。
肉を食べなかったら、そんなに甘いものなど食べたくなりません。
肉というのは、それ自体の悪い影響にとどまらず、甘いものや生野菜やフルーツなど、からだを冷やす極陰性の食べ物をひっぱってくる。
だから怖いんです。
 
肉の他に、卵や赤身の魚も、中庸から遠いところにある極陽性の酸性食品。
舌の上でのおいしさだけでなく、からだに入ってどうなるかということもしっかり知った上で、口にする。
それが大事なんです。
 
ところで味噌、しょう油、自然塩は極陽性ですが、こちらは造血と浄血作用のあるアルカリ性食品。
同じ極陽性でも、肉、赤身の魚、卵などとは体に及ぼす影響が天土地ほど違います。
陽性のアルカリ性食品は血をきれいにするだけでなく、造血作用、再生作用もあり、体温を上げて新陳代謝を活発にする働きがあります。
 
体を流れる血液がよくなったら、細胞も元気になる。
細胞が元気になってくると内蔵も元気になってくる。
内臓が元気になってくるとからだ全体が元気になってくる。
からだが元気になると、今度は考え方が変わり、そして生き方が代わってくるんです。
 
味噌、しょう油、自然塩を調味料の基本として、中庸近くのものを一汁一菜で食べているのが、からだにとって一番いいんです。
医者いらずの食事、といえるでしょう。
 
また、陰性の野菜を食べるときも、陽性の火を使い、陽性のしょう油や味噌で調理したり、生で食べるときも陽性の塩をかけたりすれば、陰陽のバランスが取れるし、口に入れたときの味もよくなります。
 
このように、食材の陰陽だけにこだわらず、調理法や調味料を工夫することで、自分のからだにあった状態に料理していけばいいんです。
食べものの陰陽を知る、自分のからだの陰陽を感じ、そのときのからだの状態に応じた料理をする。
この秘訣をちゃんと覚え、毎日の食事に取り入れさえすれば、自分のからだを立て直すことができるんです。
 
 
 
 
◎若杉ばあちゃんの仲間達ーー[3]
中村陽子さん
日本の自然再生を目指すNPO法人メダカの学校法人理事長。活動の趣旨は食で心身を立て直し、命を大切にする農家と力を合わせ、生きる環境と安全な食に困らない日本を次世代に残せるような先祖になること。心身を立て直す食とは、お米と味噌、しょう油、命ある野菜を中心とした一汁一菜の食事。
 
 
メダカの学校では、若杉さんが「日本の宝」とおっしゃる「田んぼ」を復活させることによって、日本の自然の再生を目指しています。
具体的には、農薬や化学肥料を使うことなく、多くの生き物が生きていけるような状態の田んぼでお米を栽培している農家の方、そしてお米を食べる消費者をつなげることで、昔ながらの田畑を広げていこうという活動をしています。
 
若杉さんとは、メダカの学校を立ち上げて間もない頃、知り合いの紹介でお会いし、そこからおつきあいが始まりました。
 
「田んぼを復活させようという話が、農家の側から出るのではなく消費者の側から、しかも都会に住む女性から出たということはすごいことよ!」
ととても喜んでくださったのを鮮明に覚えています。
 
お米は日本人の恒常温(陽性な体温。大人36.5度、子供37度)をを保ってきた重要な食べ物です。
日本人がパンやパスタばかり食べていては、体調が狂ってしまい、田んぼも再生することはできません。
若杉さんにお米を主食とする食養の話をしていただき、そうした食生活をする人を増やすことで、田んぼの支援者も増やして行きたい。
そんな思いから、若杉さんにこれまでに何度となくメダカの学校の啓発活動の一環として、講演や料理教室をしていただきました。
 
私をはじめ、メダカの学校の全スタッフにとって、若杉さんは自給自足の師匠です。
大事なもの、特に自分たちが毎日食べるお米と味噌、しょう油といった基本の調味料は、「企業に任せるのではなく自分で作りましょう」と若杉さんは言っています。
その言葉に従い、私たちが運営する飲食店「おむすび茶屋」では、現在、米、大豆、しょう油、味噌、たくあんを種を蒔くところからすべて自分たちの手により、無農薬、無添加で作っています。
 
若杉さんに出会わなかったら、何から何まで自分で作ろうとは思わなかったでしょう。
それまでの私は、いいものは探せばあるし、お金を出せば手に入れられると思っていました。
 
しかし、若杉さんの影響を受け、自分で作ることによって、探せば何とかなる、お金を払えば買えるという考えが間違っていたことに気づきました。
味噌やしょう油も、市販されているものには、原材料まで表示されていません。
無農薬で栽培した国産の丸大豆を使っているところなどありません。
ほとんどが輸入された大豆で。ポストハーベスト農薬が散布されているのが当たり前なのです。
これは自分で作ってみなければわからないことでした。
いいものを求める意識があっても、探している間はダメ。
自分で作らなくちゃいけないんだと痛感しましたね。
 
そうはいっても、誰もが山に入り、自給自足の生活ができるわけではありません。
けれど、自分がすべてのものを作らないまでも、日本のあちこちで頑張っている農家とつながることで、日本の自給率を高めていくことはできますし、そうした生産者と結びつくことで、都会にいながらも自給自足の村人になれるのではないか。
これが、メダカの学校で描いている構想です。
 
実をいえば、メダカの学校を立ち上げたのは、息子の不登校がきっかけでした。
学校の先生から「今のうちに立て直さないと大変だ」といわれ、当時の私には大きなプレッシャーとなりました。
その一方で、わが子が不登校になり動揺してしまうのは「いい学校に行き、いい会社に入り、よい収入を得なければ生活ができない」と言う考えがあるからではないか。
収入によらず、必要なものは自然界から調達し、自分で作るような力があったとしたら、子供が不登校だからといって不安になるだろうか。
おろおろする情けない親ではなく、ドンと構えた親でありたい。
そんな思いから、人としての力をつける勉強を始めたのです。
 
勉強をするうちに、何かしらの形でみんなが生産に関わることをすれば、それぞれがもっと自信を持って生きていけて生きるし、ちょっとのつまづきにもくじけないようになるんじゃないかという考えを持つようになり、最終的に日本の農業を立て直さなければというところに行き着いたのです。
おかげさまで私が勉強に夢中になっている間に、息子はすっかり立ち直っていました。
 
メダカの学校を始めたことで、私はブレない精神を持つようになりました。
そして、米作りから始まり、大豆、みそ、しょう油、梅干し、タクアンと自分で作れるものが不得手着たことで、だんだん自分に自信がついてきました。
こうした変化はさまざまな方々に出会い、それぞれの生き様に触れてきたからにほかなりません。
中でも若杉さんから多大な影響を受けました。
 
若杉さんはこれまで、あちこちで「未来のばあちゃん」になるべき人材を育てていますが、今後はさらに人を育てることに専念していただきたいと思います。
今、若杉さんはとても人気があり、それはとてもいいことですが、私から見ると、いつも若杉さんに甘え、教えてもらおうという人が多すぎ、それが若杉さんのご負担になっているように感じます。
若杉さんの教えをしっかり受け止め、今度は自分がその地域のばあちゃんになるぞ、というような人を、若杉さんが全力を注いで育てられるよう、私たちも頑張っていくつもりです。