■ 野菜・果物と健康 (63)
 
河名秀郎著 東洋経済新聞社発行
本当に安全でおいしい野菜の選び方
『野菜の裏側』 より抜粋 その3
 
 
食とは何か
生命を体に取り入れること
生命を食べることで
自らの命を維持・拡大していくのが
食の本質である。
 
 
■ 野菜を食べるとガンになる○
「硝酸態窒素」は大問題
 
●あなたは「危険な野菜」を食べていませんか○
 
野菜は無条件に「体にいいもの」とされています。
とくに色の濃い野菜、ほうれん草、春菊、チンゲンサイなど、青物野菜は健康のもとと信じられています。
食事からでは足りないと、青汁を飲んだり、野菜ジュースを常備している人も多いことと思います。
 
しかし、誰もが健康にいいと思っている野菜に、「発がん物質」を生成するものが含まれているといったら、どう思いますか○
 
ほうれん草、春菊、チンゲンサイなどの葉物野菜には、「硝酸性窒素」という成分が含まれています。
これが問題なのです。
 
ここで少し言葉の解説をしておきましょう。
硝酸性窒素は「硝酸塩」「硝酸態窒素」「硝酸イオン」、あるいは単に「硝酸」などと呼ばれることもあり、表記がバラバラです。
 
硝酸性窒素とは、硝酸塩を窒素の量で表したものです。
この場合硝酸塩窒素も硝酸塩も言い方が違うだけで、同じものを指しています。
この表記がバラバラという点一つとっても、日本における硝酸性窒素の問題がいかに軽んじられているかを現しています。
私たちは肥料の問題を訴えるためにも、「硝酸性窒素」という表記で統一しています。
 
硝酸性窒素はもともと人間の体に存在するもので、通常に摂取する程度では問題はありません。
ところが過剰に摂取すると、健康に害のあることがわかっています。
(この過剰窒素が葉の色を濃くする原因であり、その正体こそが、人間の施す肥料の中心的物質「窒素肥料」なのです。)
 
ひとつは、硝酸性窒素が体内で肉や魚に含まれるタンパク質と結合して、「ニトロソアミン」という発ガン性物質を生成してしまいます。
 
もうひとつは、メトヘモグロビン血症の発症です。
主に乳児に発生するもので、胃の中で硝酸塩が亜硝酸塩に変化し、これが血液中のヘモグロビンと結びついて「メトヘモグロビン」になります。
 
このメトヘモグロビンは、酸素を運べません。
血中にこのメトヘモグロビンが多くなると、酸欠に陥ったり、ひどいときには死亡する例もあるのです。
 
 
●赤ちゃんの突然死の原因は・・・・・・?
 
この硝酸性窒素の健康被害は1980年代、あるショッキングな事件が起こったことから広く知られるようになりました。
 
アメリカで赤ちゃんが酸欠によって青くなり、突然死してしまう事例が起こったのです。その名も「ブルーベビー症候群」。
 
原因は、離乳食として色の濃い葉物野菜をすりつぶして与えたことや、硝酸性窒素の濃い水(井戸水)で粉ミルクを作って与えたりしたことがあげられています。
 
日本においては死亡例は報告されていませんが、WHOの調査では1945年から1985年の間に2000の奨励と160人の死亡例が報告されています。
大人なら問題のない量でも、赤ちゃんには致命的になってしまうのです。
 
日本でもこんな事件がありました。
2006年、鹿児島で放牧されている黒毛和牛が7月から3頭が急に死亡し、流産も続いているという事件です。
この事件は2007年の1月26日の「東京新聞」の記事にもなっています。
 
当時、雨の降らない時期が長く続き、牧草は枯れる寸前でした。
そこへようやく恵みの雨が降り、牧草は緑を取り戻したのです。
牛たちも牧草をムシャムシャ食べ始めたのですが、なんとその直後、つぎつぎと倒れて死んでいったのです。
 
この原因こそが硝酸性窒素です。
牧草を育てるために窒素肥料が与えられていたのですが、雨が降らなかったために地表近くで濃縮されていたのです。
そこに一気に雨が降ったため、雨水に濃度の濃い硝酸性窒素が溶け出していったのです。
 
牧草はその硝酸性窒素の入った水を吸い上げ、そしてそれを牛たちが食べて死んでしまったのです。
 
 
●基準値がなく、野放し状態
 
硝酸性窒素の危険性を、私たちはもっと認識すべきなのです。
危険な物質であるからこそ、WHOやEUでは基準値を設けています。
 
EUの基準ではほうれん草の場合、1kg当たり2500から3000r未満とされています。
しかし、後で述べる帯広消費者協会の調査(2005年発表)では、ほうれん草の硝酸性窒素は平均4000rを超えているのです。
★ 日本の野菜の硝酸性窒素含有量  ★
(単位:mg/kg)
出典:農林水産省のHPより
品目 厚労省データ 品目 厚労省データ
ほうれん草 3650±552 サラダ菜 5360±571
サラダほうれん草 189±233 春菊 4410±1450
結球レタス 634±143 ターツァイ 5760±1270
サニーレタス 1230±153 チンゲン菜 3150±1760
 
日本では農水省が「野菜等の硝酸塩に関する情報」を流していますが、硝酸性窒素の健康への影響を述べながらも、硝酸性窒素の摂取と発ガン性において必ずしも関連があるとはしておらず、「基準値を設定するのは適当ではない」としています。
 
しかしながら厚生労働省は、硝酸性窒素の「1日の摂取許容量」というのを定めています。
20〜60歳、体重58.7kgの人で289mgです。
 
硝酸性窒素は野菜だけではなく、加工食品や水道水にも含まれていますが、「水道水の水質基準」に硝酸性窒素の項目が設けられていて、これは1リットル当たり10r以下となっています。
それなのに、硝酸性窒素の主要な摂取現となっている野菜には基準値がなく、野放し状態なのです。
 
そもそも日本において、野菜中の硝酸性窒素の健康被害について知っている人がどれだけいるでしょうか。
 
欧米の離乳食の本や育児書には「ほうれん草やブロッコリーなどの緑の濃い野菜は控えめにする」などの記載がよくあります。
日本では、そんな注意はまず見当たりません。
 
 
●野菜に含まれる硝酸性窒素が激増している理由
 
ところで、野菜に含まれる硝酸性窒素が、なぜ今になって問題になるのでしょうか。
野菜は人類が長い間食べてきた食べ物ですから、それほど危険なはずがないと思われる方も多いことでしょう。
 
ところが現代の野菜には硝酸性窒素が特に多くなっているのです。
問題はそこにあります。
なぜ野菜の硝酸性窒素が増えているのかというと、その理由こそが「肥料」にあるのです。
 
植物が育つための「3大栄養素」というのがあって、「窒素」「リン」「カリウム」がそれです。
ほとんどの化学肥料には、この3大栄養素が配合されています。
中でも窒素は成長促進剤にあたり、大量に使われる傾向にあります。
 
肥料に含まれる窒素は、野菜に取り込まれると硝酸性窒素に変わります。
とくに葉物野菜は、余計に与えられた硝酸性窒素を蓄えこんでしまう性質があります。
 
よく「緑色の濃い野菜ほど健康にいい」といわれますが、とんでもない誤解です。
 
例えば同じほうれん草でも、色の薄いものと濃いものがあります。
自然栽培のほうれん草は緑が薄く、やさしい色をしています。
ところが有機栽培、一般栽培の野菜はしっかり緑色が濃い。
2つを比べると、緑が濃いほうがいかにも健康によさそうですが、その色こそが過剰に与えられた肥料(硝酸性窒素)によるものなのです。
 
これは、ほうれん草の話ばかりではありません。
大根の葉、キャベツも同じように自然栽培は色がやさしく、その他の栽培のものは色が濃い。
明らかな違いがあります。
もちろん品種によってもともと色が濃いものもありますが、単純に「濃い緑が健康にいい」という思い込みは改めるべきだと思います。
 
 
●安全な葉物野菜を食べるポイント
 
野菜というと、どうしても「農薬」の問題ばかりがクローズアップされてしまいがちですが、硝酸性窒素も農薬と負けないくらい大きな問題なのです。
 
前述の帯広消費者協会の調査では、残留農薬ではほとんど問題はなかったものの、硝酸性窒素については一部の野菜でEUの基準値を大きく上回る量が残留していたとして、今後の監視を強めるとしています。
 
いずれにせよ、硝酸性窒素の残留に関して何の基準もない日本では、欧米の残留濃度基準を大幅に上回る野菜が平気で出回っているのです。
野菜を買うときには、このことをしっかり念頭において選ぶべきです。
 
硝酸性窒素の残留度は、野菜によって大きく違うのが現状です。
野菜の選び方は後で述べますが、葉物野菜の場合は特に「色の淡いもの」を選ぶことが大切です。
 
同じほうれん草でも、産地・生産者が違うものをよく見比べると、色の違いがあるものです。
色の濃いものは硝酸性窒素が多いと考えられます。
「ほうれん草なんてどれも同じような緑に見えるけど・・・・・・」と思われるかもしれませんが、見比べる習慣をつけると、だんだん濃淡がわかってきます。
 
仮に色の濃いものしか手に入らない場合は、決して生のまま食べずに、ゆがいてから食べましょう。
茹でることで、硝酸性窒素の半分ほどは流出されるようです。
 
また、旬のものを選ぶということも大切です。
いまキュウリもトマトも大根も、ハウス栽培されて一年中出回っていますが、季節はずれの野菜を育てるためには、余計に肥料が必要です。
 
またハウス栽培の場合、肥料が雨で流れないこと、短期間で栽培されるため、光合成が足らなくなり(=硝酸性窒素が消化されない)、硝酸性窒素の残留率は露地栽培の何倍にもなるといわれます。
 
そして、食べ方にも工夫が必要です。
硝酸性窒素は、体内で肉や魚のたんぱく質と結びついて「亜硝酸」から、発がん性のある「ニトロソアミン」に変わると述べました。
だから肉や魚の付け合せに、硝酸性窒素が多い野菜を取るのは要注意です。
 
肉とほうれん草のバターソテー、魚のムニエルにブロッコリーなどという組み合わせは、「ガンを呼ぶ食事」とさえいえると思います。
 
よくお母さんが「お肉を食べたら、その分しっかり緑の野菜を食べるのよ」と子供に言い聞かせている光景がありますが、子供に良かれと思ってしていることが、選ぶ野菜によっては全く逆になっているのです。
肉を食べる場合は、とくに色の濃い野菜を付け合せるのは避けることです。
 
 
●硝酸性窒素は飲み水も汚染している!
 
硝酸性窒素の問題は、野菜にとどまらず環境問題にまで発展しています。
 
肥料に含まれる窒素は、硝酸性窒素として野菜に取り込まれますが、すべてが取り込まれるわけではありません。
 
残った分は空気中に放散され、CO2以上に温室効果をもたらしたり、土中に残存して流出し、地下水にまで及びます。
化学肥料であれ、家畜の糞尿による有機肥料であれ、過剰に投入された肥料は地下水を汚染してしまうのです。
 
地下水の硝酸性窒素汚染は、今世界的に問題視されています。
とくに飲料水の水源を地下水に頼る欧米では、深刻な問題となっています。
 
日本においては飲料水を主に河川水からとっているため、硝酸性窒素の地下水汚染についてはあまり問題視されてきませんでした。
しかし近年、農村地帯、茶栽培地帯のおいて硝酸性窒素汚染が報告されるようになりました。
 
これを受けて、環境省は平成11年2月に硝酸性窒素[及び亜硝酸性窒素]を環境基準項目に追加し、平成11年度より水質汚濁防止法に基づく常時監視を行うようになったのです。
 
同省による「平成20年度地下水質測定結果」によれば、4.4%の井戸において硝酸性窒素が基準量(10mg/リットル)を超えています。
 
過剰な硝酸性窒素は、水質環境にも大きな影響を及ぼします。
湖や河川域の水質に窒素やリンが多くなると、「富栄養化」といってプランクトンが大量発生します。
 
そのプランクトンを食べるアオコも、異常繁殖するようになります。
それらが腐ったりして水を濁らせ、水質を汚染してしまうのです。
汚臭を放ち、美観を損ねるだけでなく、魚などの生態にも影響を与えます。
 
いま、琵琶湖、諏訪湖、霞ヶ浦など主要な湖において富栄養化が進んでいます。
さらには東京湾、伊勢湾、瀬戸内海なども富栄養化による赤潮が発生し、水質汚染が問題になっています。
 
硝酸性窒素は、通常の浄水処理では除去できません。
汚染されている地下水を使用している水道では、そのまま水道水に含まれてしまうのです。
 
また硝酸性窒素は、煮沸や汲み置きなどで蒸発する物質ではありません。
通常の浄水器でも除去できません。
国家レベルでの対策が必要なのです。
 
 
●『播磨風土記』に見る肥料の始まり
 
いまの農業では、肥料を与えることが、至極当然のこととされています。
肥料なしに作物が育つわけがないと誰もが思っていることでしょう。
 
農業の歴史は1万年といわれています。
しかし、その中で化学肥料や農薬が使われるようになったのは、ごく最近のことなのです。
 
日本の農業における肥料の始まりについては、奈良時代初期に編纂された国情報告書である『播磨国風土記』に興味深い記述があります。
当時は水田に緑の草をすきこんで土を育てていたらしく、今の「植物の栄養源となるための肥料」という考え方はなかったようです。
 
人糞肥料もまだ使われていません。
人糞が肥料として使われるようになったのかは定かではありませんが、肥桶の使用から鎌倉時代には使われていたと思われます。
人糞を肥料にするのは日本独自の文化だそうです。
 
牧畜が盛んだったヨーロッパでは、牛や豚、馬などの家畜の糞尿を発酵させた「厩肥」が広く用いられていました。
このように肥料は最初、すべて自然から得られるもの、それも生物に由来するものでした。
 
生命を持つ動植物の体やその排泄物は「有機物」と呼ばれ、生命を持たない石や鉄などは「無機物」と呼ばれます。
作物を育てるのは「有機物」だと思われていたのです。
 
この常識を覆したのが、ドイツのリービッヒと言う化学者が発表した「植物は窒素、リン酸、カリウムといった無機物によって成長する」という説です。
植物は土のなかの有機物そのものではなく、有機物が微生物によって分解されて出来る無機物を栄養素としていたのです。
 
だとすれが、この3つの無機物を工業的に大量生産し、直接土の中に入れてやればいいということになります。
これが化学肥料の基礎です。
 
化学肥料が大量生産され始めたことは産業革命後、人口の急激な増加による食糧不足にあえいでいたヨーロッパにとって大きな福音となりました。
 
日本で化学肥料が盛んに使われ始めたのは第二次世界大戦後のことです。
日本を訪れたGHQのマッカーサー元帥が「人糞肥料を使っているとは日本はなんて不衛生なのだ。化学肥料に切り替えよ」と政府に迫ったのです。
 
化学肥料で作られた野菜は「清浄野菜」と呼ばれ、近代化の象徴として広まっていきました。
それは同時に、大量の虫や病気との闘いの始まりでもありました。
そのためにどんどん農薬が使われるようになったのです。
 
 
●農薬の歴史を振り返ると
 
ここで農薬の歴史についても簡単に振り返ってみましょう。
農耕の始まり以来、虫を防ぐためのさまざまな工夫がされてきました。
 
例えばギリシア・ローマ時代には、殺虫効果のあるバイケイソウや毒ニンジンの抽出液が散布されていました。
 
日本においては1600年、現在の島根県において松田内記という人が、樟脳やトリカブトを使った日本最古の農薬を開発したとされています。
 
その後も、蚊取り線香に使われる除虫菊や、硫酸銅に石灰を混ぜた「ボルドー液」などが発見され、これらは今でも使われています。
 
自然栽培のりんごの木村さんも、以前はボルドー液を使っていたそうです。
ボルドー液は強いアルカリ性ですから、手が荒れてボロボロになってしまったといいます。
 
化学薬品を使った農薬が使われ始めたのは20世紀に入ってからです。
1938年には「魔法の白い粉」といわれた「DDT」が、次いで「BHC」「パラチオン」といった非常に毒性の強い殺虫剤が開発されました。
これらは日本でも第二次世界大戦後の食糧難の時代に、大きな役割を果たしました。
 
しかし1962年、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが『沈黙の春』(新潮文庫)でDDTの害を訴え、全世界に警鐘を鳴らしました。
その後、有毒化学薬品・農薬の害が広く認知されるようになり、DDTやBHCなど毒性の強い農薬は全世界的に禁止されるようになったのです。
 
日本でも1971年に農薬取締法が大きく改正され、DDT、BHCなどは禁止されました。
この年は日本有機農業研究会が設立され、科学の力に頼らない昔ながらの農法、いわゆる有機農業が復活した年でもありました。