河名秀郎著 日本経済新聞出版社発行
『ほんとの野菜は緑が薄い』その3
 
● 無農薬なら安全なのか
 
前述したように、今の有機JAS規格に基づいて栽培された農産物には農薬が使われている可能性があるわけです。
せっかくの有機栽培なのだから、農薬なんて一切使わなければいいのに。
今まで僕が話してきた農薬の話を聞けば、そう思うのは当然です。
 
でも僕の考えはちょっと違います。
農薬だけでなく、肥料もやめてしまえばいいのに、です。
それは化学であっても、有機であっても。
 
野菜を育てるにあたり、肥料が不必要なものじゃないかという提案を第1章でしました。
ここからその理由について話したいと思います。
 
野菜や果物などの農作物を育てるとき、なぜ肥料を入れるのでしょうか。
養分を与えるため、元気に育てるため、枯らさないため、風味を向上させるため・・・・・・。
いろいろな理由があると思います。
 
どれも全て、現代では常識とされています。
第1章でもお話しましたが、農産物の栽培において肥料の効果は抜群です。
原材料の成分によって効果は様々ですが、基本的には
@養分供給、A成長促進、B収量確保など。
これらが肥料の効果で、簡単に言えば、おいしく、早く、いっぱい育つ、といったところです。
 
成分としては、窒素・リン酸・カリウムが3大要素です。
この3つは野菜が必要な元素といわれてきました。
なかでも、窒素は植物の成長を格段に早めてくれる成分です。
その効率を最大限に上げたのが化学肥料で、農薬と同じく、食糧難から人々を救ってくれました。
化学肥料で栽培すると、はじめのうちは収量も上がり、野菜の状態も抜群によくなるのです。
 
 
● 牛が知っていた自然な野菜と不自然な野菜
 
もう50年以上も前から自然栽培で野菜を育てている、埼玉県の須賀一男さんという生産者から面白い話を聞いたことがあります。
 
須賀さんの畑のそばの利根川河川敷で牛を放牧していたときのこと。
牛が草をムシャムシャと食べているのを何の気なしに見ていると、牛の様子がどうもおかしい。
一箇所で草を食べるのではなく、あちこちを動き回って食べているというのです。
 
なぜだろうと思ってもう少し様子を伺っていると、牛が食べているのはどうも淡い色の草ばかり。
ところどころで生えている緑の濃い草を避けていました。
不思議に思った須賀さんが草に分け入って調べてみると、濃い緑の草が生えているところには、例外なく牛が糞をしていました。
つまり、牛糞に含まれる窒素分が肥料の役割を果たしていたのです。
 
緑が濃い草(野菜)と、緑が薄い草(野菜)の違い。
これは実は、肥料の話と大きく関係しています。
 
野菜は、生長に必要な窒素を「硝酸性窒素」という状態で土壌から吸い上げます。
この硝酸性窒素、硝酸態窒素や硝酸塩、硝酸イオンと呼ばれることもある成分ですが、最近、僕たちの健康への影響が心配される声が聞こえてきています。
 
後に書きますが、たとえば、硝酸性窒素を肉や魚などの動物性タンパク質とともに摂取すると、発ガン性物質に変化する、という説です。
 
窒素分は主に、植物の葉や茎の生育に関与しているといわれています。
窒素分が多ければ野菜、特に葉物の緑は濃い色になります。
 
 
● 緑が濃い野菜はからだに良いのか
 
スーパーで見る、ほうれんそうや水菜などの葉物野菜や、あるいは大根やかぶなどの葉の付いた根菜。
選ぶときに、葉の緑が濃いものを手にとる方は多いのではないでしょうか。
 
みどりの野菜は健康的で「栄養が濃い」イメージがあり、実際に、消費者に好まれる傾向があります。
そのため、一般栽培の農家さんは野菜に色が薄いと窒素肥料をまいて色を濃くすることもあるほどです。
 
しかし、この実態を知ると、水菜やほうれん草、春菊やチンゲンサイ、サラダ菜などの葉もの野菜、緑色が濃い方が健康的でおいしいとは単純にはいえないような気がしてきます。
 
ちなみに窒素分が過剰に投入されていない葉物野菜は、淡い緑色をしています。
一見弱々しく思えるかもしれません。
僕のお店を訪れたお客様も、自然栽培の葉もの野菜を見て、その色にちょっと驚くくらいです。
 
でも、緑が濃い野菜の実態が、おいしそうに見せるために、わざわざ肥料を入れて色を濃くしたもの・・・・・・と考えると、僕はそれを選びたくありません。
使用するのが化学肥料であれ、有機肥料であれ、肥料を使って本来の姿を変えてしまった野菜は生命力が欠如してしまっていると思うからです。
 
また、これらの葉もの野菜は、植物の生長でいえば、花が咲いたり実がなる前の、とても若い時期に収穫するものです。
吸い上げた窒素は硝酸性窒素として茎や葉に溜め込まれ、成長するにつれて光合成のよってタンパク質に変化してしています。
しかし、葉もの野菜は若い時期の収穫するため、まだ硝酸性窒素がたくさん残っているということのなります。
 
新富勝行著『野菜が壊れる』(集英社新書)によると、硝酸性窒素は体内で亜硝酸に変わり、肉や魚などの動物性タンパク質に含まれるアミンと反応すると、ニトロソアミンに変わるそうです。
これが、胃ガンの発生因子になっている可能性があるというのです。
この説によれば、野菜の質を選ばないと、ご馳走のはずのステーキとほうれん草のソテーは、危険な食事になってしまうかもしれないということです。
 
前述の須賀さんの牛は、緑が濃く、一見栄養がありそうな草を本能的に拒否していたということのなります。
自分達の糞によって硝酸性窒素が含まれた牧草が、自分の体に良くないものだとわかっていたかのように。
 
有機栽培では牛の糞尿を多用する生産者も少なくありませんが、化学、有機に限らず肥料は自然界には不必要なものだということがわかります。
須加さんもこの経験から、肥料の害について気づいたそうです。
 
 
● 肥料はなんのためにある
 
ほかにも、肥料の効果はさまざまです。
果菜の旨みを濃くしたり、甘みを強めたり、実づきをよくしたり。
野菜に備わっている要素をより強めるイメージでしょうか。
 
もっと甘く、もっと大きく、もっといっぱい。
そんな欲求をかなえてくれる肥料ですが、ただ与えればすばらしい効果ばかりが得られるものなのでしょうか。
 
第1章でもお話した通り、肥料をやると畑に虫が寄ってくるため、危険な農薬をまかなくてはいけなくなります。
自然栽培の観点では、虫は余計なものの掃除屋なのでありがたい存在ですが、一般栽培や有機栽培の農家さんはだいぶ虫に苦しめられています。
 
残念ながら、不要な虫が寄ってきてしまうのは肥料を投入した自分達の責任、肥料の代償は大きかった、ということが言えるのではないでしょうか。
人間のからだに置き換えたら、クスリの副作用のようなものです。
栄養だと思っていた肥料もクスリだったのです。
 
肥料の影響はほかのところでも見られます。
環境の問題です。
 
投入した肥料を野菜が全て吸収するわけではありません。
ではどこへ行くかというと、土に残ったり、地下水まで及ぶこともあるそうです。
化学肥料であれ、家畜の糞尿である有機肥料であれ、過剰に投入された肥料が地下水に入れば、硝酸性窒素濃度が高まり、生活排水が混入するのと同じような状態になります。
 
有機栽培では、化学が危険で、自然のもの、つまり家畜の糞尿などであれば安全と考えられていますが、地球環境の面からは、自然由来の肥料でも問題があることがわかります。
ちなみに家畜の糞尿には、抗生剤やホルモン剤の影響もあります。
 
また、肥料を与えることで土壌が弱り、野菜まで弱ってしまうことがあります。
本来、野菜は大地に根を張って自らの力で養分を吸い上げて育ちます。
しかし、肥料で養分を与えられることで、根を伸ばすことを怠るようにため、野菜自体の生育が悪くなってしまうのです。
 
さらに、食物が根を伸ばすことをやめると土が硬くなってしまいます。
土の話については第3章で詳しく話しますが、微生物の数が減り、どんどん土が固くなって野菜は根を地中深くまで伸ばせなくなってしまう。
完全な悪循環ですね。
もっといえば、野菜が根を伸ばせずに育ちが悪くなると、農家さんは「肥料が足りないからだ」とさらに肥料を投入します。
 
土が、野菜が、どんどん弱くなっていくことに早く気付いてほしい、と僕は思います。
ここまで農薬や肥料のことをお話してきたのは、このことを提起させていただくためです。
効果があれば、必ず反作用として副作用があるのではないか。
これは、僕が自然栽培を通じて得た、最も重要な提起のひとつです。
 
 
● 化学肥料じゃなくて有機肥料なら良いのか
 
化学肥料と有機肥料。
ちがいはよくわからないけれど、有機肥料のほうがなんとなく安全だと思っていませんか。
そもそもこの2つ、なにがちがうのでしょうか。
 
ここ最近、地球温暖化や、食の危険が騒がれているせいか、「オーガニック」という言葉がとても身近になってきたように思います。
食料をはじめとして、衣服や化粧品など身に着けるものだけでなく、ライフスタイルとして浸透し始めたのでしょうか。
野菜でもオーガニック野菜がとても注目を浴びていますね。
先ほども触れた、有機野菜のことです。
 
では、有機野菜とは、どんな野菜でしょうか?
僕が講演などでこの質問をすると、よくこんな答えが返ってきます。
 
*農薬を使っていない野菜
*動物の糞などからできた肥料で育てられた野菜
*安全な野菜
*からだにいい野菜
*機械を使わず、人の手によってつくられた野菜
*化学物質が入っていない野菜
 
どれが間違いとは言い切れませんが、これだけ「有機野菜」という言葉が広まっているわりには、きちんと答えられる人はあまりいないようです。
 
有機野菜とは、有機肥料を使って育てられた野菜のことで、農薬を使うか使わないかは生産者さんによってさまざまです。
 
では、有機肥料とはどんなものなのか。
有機肥料は、米ぬかや油かす、動物の糞尿や木灰など、自然界にあるものを原料とした肥料で、効果はすぐにあらわれませんが、土にたまってゆっくり長く効くのが特徴です。
ちなみに、この肥料を使って野菜を育てることを有機栽培といいます。
 
一方、化学肥料は、工場などで化学的に生産され、即効性に優れているのが特徴です。
 
有機肥料の中でも、動物の糞尿は窒素分が多いからとよく使用されます。
かつては、糞尿を肥料にする場合は生では使わず、肥溜めを作って長い時間をかけて発酵・完熟させ、含まれていた窒素分や不純物を空気中に放散させ、虫や病原菌を呼び込まない工夫してきたと聞きます。
 
しかし、今ではそこまでの時間はかけられないからと化学培養された発酵菌を使い、早ければ1週間、通常でも3〜6ヶ月という短い期間で作り上げ、畑に入れてしまう生産者さんがほとんどのようです。
 
畑に入れられた有機物は、しっかり熟成されていないために土に病害虫が寄ってきてしまいます。
道端に落ちている糞尿に虫がたかるのと同じことです。
また、最近の有機質肥料の実情は、残念ながら安全とは言い難いのが現実です。
 
たとえば「リサイクル」の名のもとに、畑にはさまざまなものが入れられています。
出所のわからない生ごみや食品廃棄物、糞尿だって、それを排出する家畜の餌の質は問題ないのか。
家畜に使用した抗生物質などの薬剤の使用状況はきちんと把握されているのか。
疑問は尽きません。
 
そして、先ほどもお話しましたが、肥料の窒素分は、化学だろうが有機だろうが、環境に及ぼす影響はどちらも変わりません。
有機肥料の場合でも窒素分は、土の中で微生物に分解されて硝酸態窒素になる。
硝酸態窒素について危険性が懸念されているのは前述したとおりです。
 
畑に投入する量も気になります。
化学的なものではないから安全だと、効果を出すためについつい過剰に投入してしまうと、良くない結果が待っています。
 
僕達の体内に発がん性物質をもたらす可能性があり、地下水に混入して地球環境を汚染し、そして野菜とそれを育てている土壌を甘やかして悪循環を起こすことは、すでにお話したとおりです。
 
有機肥料だからといって、化学肥料よりも良いとか、安全だと言い切れないのは、これらの理由からなのです。
 
 
● 有機野菜のショッキングな事実
 
第一章でビン詰めの腐敗実験について話しました。
その結果、一般栽培と有機栽培の野菜は腐り、自然栽培の野菜は発酵していきました。
 
この差の原因は何なのでしょうか。
実は、ほかでもない肥料分なのです。
化学にしろ、有機にしろ、肥料が入っている野菜は腐っていきます。
「からだにいいと言われている有機栽培でも?」と驚いた人もいるでしょう。
でも、これは本当の話です。
 
しかも、時間的な経過で見れば、この実験で一番初めに形が崩れていったのが有機栽培の野菜でした。
僕も正直、驚きました。
化学肥料を使った一般栽培のものが最初に腐ると思っていましたから。
 
さらに、化学肥料のものは形を残しましたが、有機肥料のものは形すらほとんど留めませんでした。
その実験で使った有機栽培のものは、オーガニック認証を取っているものだったのに、です。
 
そして匂いですが、両方ともはっきり言って、とても臭い。
でも、2つの匂いには質の違いがありました。
 
一般栽培の方は鼻をつくようなケミカル臭、有機栽培の方はなんとも表現しがたい、糞尿のような匂い、とてもとても嗅いでいられるものではありませんでした。
ちなみに自然栽培のものは、第1章でも話した通り、どこかほんのり甘く、決して不快な匂いではありませんでした。
 
 
● 腐る有機野菜と腐らない有機野菜
 
有機野菜の匂いをかいで、僕は疑問を持ちました。
「使われている肥料の量や質はどうだったのだろう」ということです。
 
僕は、自分の目で確かめないと気が済まないタイプの人間ですから、また実験をしてみました。
 
有機肥料にもいろいろあって、大きく分けて2種類に分けられます。
一つが牛や豚など動物の糞尿を発酵させて作る動物性肥料と、刈った草を発酵させた堆肥や、米ぬかや、米ぬかを発酵させたボカシなどの植物性肥料です。
たいていの生産者さんは両方を組み合わせて使います。
 
2回目の実験で用意した野菜は、無肥料、動物性肥料、植物性肥料のにんじん3種類。
ビンに入れました。
 
最初に腐ったのは、動物性肥料の野菜でした。
ひどい腐敗状況でした。
植物性肥料の野菜はそこまでひどく腐らず、形は保たれていました。
無肥料のものは前と変わらず、発酵して漬物になっていました。
 
確かに畑でも、病虫害に悩まされているのは動物の糞尿肥料を使っているところです。
逆に、使用されている糞尿肥料の少ないほど農薬の必要が少なくなり、植物性のものが中心の場合は病虫害が少なくなっていくという傾向があります。
 
有機肥料にもピンからキリまであるということがわかってもらえたと思います。
ですから、有機野菜を食べるなら、植物性肥料を使ったものか、植物性肥料の割合が多いものを選ぶといいと思います。
 
また、自然栽培の作物でも腐る場合があることを話しましたが、これは自然栽培の期間が短い場合、以前に使用していた肥料分や農薬が野菜に含まれていることを示しています。
土の中の残存肥料などが腐る原因になるようです。
 
 
● おいしい野菜とは、プロセスを経た野菜である
 
おいしい野菜を見分けるポイントのひとつは、ずっしりと重たいこと。
野菜は、自らの力で育つとゆっくりと細胞分裂を繰り返しながら生長するため、中味がぎっしりと詰まったものになります。
これは、あくまでも野菜が自分の力で育った場合の話。
「自分の力で」というのは、肥料を加えないで育った場合ということです。
 
肥料を加えない自然栽培の野菜は、土にしっかり根を張って、自分の力で養分を吸い上げて育つため、生産のペースが少しゆっくりに思えるかもしれません。
でも、ゆっくりな分だけ太陽をいっぱい浴び、実がぎゅっと詰まっておいしく、エネルギーをいっぱい含んでいるのです。
 
どのくらいスピードが違うかというと、たとえば自然栽培の大根は、一般栽培のものに比べて最低1週間〜3週間、収穫が遅くなります。
場合によっては1ヶ月くらい遅くなることもあります。
 
肥料を入れれば、成長のスピードはぐんと速くなります。
野菜にとって本来必要とされるスピードは、人間から見れば時間がかかっているように見える・・・・・・といえるかもしれません。
でもこの時間こそが本来の姿を作る必要条件であり、早く収穫できるということ自体が異常なこと、僕にはそんなふうに思えます。
 
包丁で切ると、空洞があるトマトに出合ったことはないでしょうか。
これは、肥料が成長を促進させたためです。
早く大ききなるということは、本来の細胞分裂の過程が省かれたということです。
そのため、隙間ができてしまいました。
 
また、皮と実の間がぴたっとくっついていずに、触るとぶかぶかしていて隙間があるみかんがありますね。
あれは、肥料の効果で果実のバランスを崩した結果、実の成長が追いつかなかった証拠です。
本来のスピードで育ったミカンは、皮と実がぴたっとくっついて一体となっています。
 
おいしいのはもちろん、隙間がなくぎっしりと詰まった、プロセスをきちんと経た野菜や果実です。
プロセスを省いては、いいものは生まれない。
そんなことを野菜は教えてくれています。