山ちゃんの食べもの考

 

 

その134
 

 農林水産省農林水産政策研究所・農学博士・足立恭一郎氏著『食農同源』の中で、同氏は「私たちの食べ方が日本の食と農の質を決める」と、消費者である私たちに、現在の日本の食の実態と食のあり方、考え方を明解に指摘している。
 「一定の耕地面積から効率よく最大限の収益を上げる、という経済的合理的な価値観に基づく“農畜産業の近代化”が国を挙げて推進され、米の平均反収は昭和30年代の300kg台後半から、近年の500kg前半を超えるまでに増加した。同じ時期に搾乳牛1頭あたりの年間泌乳量も4000kg前後から7500kg前後を越えるまでに増加した。しかし、それらは農薬、化学肥料、動物用医薬品(抗生物質)など、化学物質への過度の依存によって成り立つ近代的技術の成果であった。」
 「農薬や防除対象外の益虫(天敵)も殺した。今、過半の農業地域では、メダカやホタルをはじめ、数多くの田んぼや畑の生き物たちが絶滅の危機に瀕している。」
「他方、飼料を肉・乳・卵に効率よく変換するための“使い捨ての機械”とみなされた量産家畜たちは、身動きもままならぬ過密状態の狭い檻(牛舎・豚舎・鶏舎)に閉じ込められ、食肉あるいは老廃牛・廃鶏として屠殺されるまで、ストレスに満ちた短い一生涯を送る。」
 「東京都を例にとれば2000年度、病変があって食肉に適さないため廃棄(屠殺禁止、一頭丸ごと廃棄、病変部分を一部廃棄)された割合では、牛で約50%、豚では70%にも達する。」
 「また、チンゲンサイや小松菜、ホウレン草などの野菜には、EU(欧州連合)基準の2倍以上の硝酸態窒素が含まれている」
 「10年、いやそれ以前から、日本では、“食と農の腐蝕”が深く静かに進行しているのである。」と述べています。


 「“食と農の腐蝕”など誰も望まない、しかし、事実として、腐蝕は現在も進行している。その責任は誰にあるのだろうか。率直に言おう。実は“あなた”を含むわれわれ全員が今なお、そうとは意識しないで加担し続けているのだ。」と。足立氏は、続けていう。
 「虫食い痕がなく、形や色艶のよい農産物を、献立に合わせて一年中、安い価格で購入したいという、消費者としてはきわめて正当な商品選択行動(=買い物という投票行為)が、結果的に<生産の大規模単作化・施設化・産地の遠隔化、地方卸市場の弱体化、青果物の過剰規格・過剰選別、農薬・化学肥料・動物用医薬品への過度の依存、地力の低下、連作障害の多発、野菜の硝酸汚染>などの悪循環を生み出し、食と農の腐敗を招いてきた。」
 「消費者だけではない、農業、食品加工業、流通業、外食産業、小売業、農林水産行政、試験・研究にかかわる人々のすべてが“個別主体にとっての合理的な選択=効用・利潤・生産効率の極大化”を通じて、“安全性に疑問のある食べものが氾濫する悪循環の形成”に加担している。そうとは意識せずに食と農の腐蝕に加担した、という意味において、われわれ全員が“無意識の加担者”なのである。」


 「2001年からBSE(牛海綿状脳症=狂牛病)事件が日本全国をパニック状態に陥らせ、牛への肉骨紛給与が“草食動物の肉食動物化”だと批判の的になった。しかし、肉骨紛は、安い牛肉・牛乳・豚肉・鶏肉・鶏卵・養殖魚などを求める“現代工業化社会のパラダイム(消費者=低価格至上主義、生産者=コスト削減・生産効率至上主義)”(坂本慶一・京都大学名誉教授の表現)の中から生まれた経済合理的・合目的的な飼料である。魚粉、魚粕、濃厚飼料(トウモロコシ、コウリャン、大麦、大豆粕などの穀物類)と同じ範疇に属する栄養価の高い飼料だ。」
 「草食動物の肉食動物化を問題にするのであれば、魚粉や魚粕についても同じ視点からその是非を考察しなければならない。また、現在もなお約8億人もの人々が慢性的な栄養不足に陥り、毎日約4万人が栄養失調や餓死で死んでいる現状を前にして、牛・豚・鶏に人間の食糧となり得る穀物を与えることの是非を考察しなければなるまい。」
 「国や関係者が安全性を強調する遺伝子組み換え作物及び同加工食品もそうだが、現代工業社会を支配するパラダイムを転換しない限り、農(環境)や食(生命)の腐蝕事件は形を変えて再発することを必至といわざるをえない。」
 「では、食の安全・安心を確保するために、われわれは何をいかになすべきであろうか。そして、果たして、その回復は可能だろうか。食と農を同源と捉えるならば、楽観的に映るかもしれないが、農の風景の回復はさほど困難ではないように思われる。食と農の腐蝕の根本原因は、消費者と生産者、食べる人と作る人、都市と農村との“心情的紐帯”の断絶にこそあると考えているからだ。」
 

 「仮に“あなた”が野菜の生産農家だったら、嫁して遠方の都市に住む娘の家族にどんな野菜を贈るだろうか。立場を入れ替えて、年老いた父母が丹精して育てた野菜を届けてくれたとしたら、“あなた”はそれらをどのように評価し、どのように食べるだろうか。答えは明白であろう。たとえ赤の他人であっても、両者の間に親子・親戚縁者にも似た心情的紐帯があれば、あるべき食と農の姿を語り合い、その実現に向けて相互に協力し合うことは可能だろう。」
 「幸運にも日本には、断絶した心情的紐帯の結束に向けて試行錯誤し、一定の成果をあげた先駆事例がある。“生産者と消費者の顔と暮らしの見える有機的な人間関係を基盤にして展開する産直・共同購入運動(産消提携運動)”すなわち、日本有機農業研究会を中心とした草の根の運動として展開されてきた有機農業運動がそれである。現代工業社会のパラダイムから脱却した彼らの圃場では豊かな生物相・生態系が保存され、メダカやホタルなどが群れ遊び、安全で健康によい食べもののもと(作物、家畜、家禽)が豊かに育っている。」
 産消提携運動と呼ばれる日本の有機農業運動は、近年頻繁に言われている「地産地消」「スローフード」「フード・マイル(あるいはフードマイレージ)」などの基本概念を、既に30年以上も前から唱導・体現してきたものである。
 

 では、「農の風景」を取り戻すためにはどのようにしたらいいのか。足立氏は次の3点を挙げています。
 その第一は、私たちの外観や価格にとらわれすぎたこれまでの商品選択行動や価値基準を見直して、有機農業や減農薬栽培など環境への負荷軽減に努力する生産者たちに≪投票≫すること。支持に値する生産者たちを選択し、投票することを通じて彼らのサポーターになることである。
 私たちが何をどんな基準で選択し買い物をするかは選挙における投票に似ており、さしずめそれに支払う紙幣は投票用紙であろう。候補者名を記入するかわりに、私たちは選択した商品に紙幣を支払う。その紙幣は最終的に農業所得となって生産者のもとに終結する。支持なく候補者が落選するのと同様に、人々の支持を得られなかった生産者は経営に窮し、市場から去っていくことのなるわけです。
 世論調査などではほとんどの国民が、食の安全・安心、健康志向、有機栽培や減農薬栽培、国産や地元産、季節や旬の食材、そして環境保全型を、圧倒的に支持し主張しています。しかしながら、日々の買い物行動において行われる投票行為がまったく正反対のものであることは、現状の日本の食事情の示す通りであります。
 つまりは、私たちの“買い改め”“食い改め”が第一のポイントであります。
 

 足立氏が「農の風景」を取り戻すための第二に挙げるのは、WTO(世界貿易機関)体制化における日本農業の生き残り策についてです。

 @日本農業全体を有機農業など『環境への負荷軽減に資する農業』、『消費者ニーズに合致する農業』、『支援に値する農業』に転換すること。

 Aかつ、そのような農業に取り組む生産者に対する『直接支払(所得補償)制度』の早期導入を農水省に強く要求し、実現させることである。

 そうすれば、生産者は輸入農産物に対抗できる価格で、消費者が望む有機農産物などを市場に供給できる。安全・安心を担保する農産物を特別な商品(付加価値商品)にしてはならない。
 貿易自由化を強力に推進しようとするWTO体制は、日本の食事情の改善、農業や食の安全という面から見れば、保障されないというという問題があります。米の生産調整(減反)をやっているのに、なぜ76万トンも外国産米を輸入しなければならないのか、こうしたWTO協定はいかがなものでしょう。
 農産物輸入には日本の商社が関わっており、外国に米や野菜の種を持ち出し、日本人に合うような栽培技術を移出し、それを現地で買い付けて日本に持って儲ける。そうやって輸入農産物が増え、日本の農家がつぶれるという構図です。
 農産物の自由化は日本の農家にとって、というまえに、日本国民にとってどうなのかという問題意識を持つことが大切です。
 消費者にとって米を含め、農産物価格が安いことは悪いことではない。しかし、そのためにアメリカやEUでは、それを補てんする政策があるのです。
 ちなみに、韓国では『新環境農業育成法』に基づいて、1999年度から『新環境農業直接支払制度』を実施しています。


 「“農の風景”を取り戻すための第三に挙げるのは、『公的通報者(内部告発者)』の視点を獲得し、行政・政治家・業者にとって“あなどりがたい存在”となることである、という。大手業者等による偽装事件が次々に明るみに出された発端は、内部告発によるものでありました。
 違法な食品添加物の使用、未登録農薬の使用、食品偽装表示事件など食品業界の不祥事件は跡を絶ちません。企業のモラル、社会的責任などは無視されて、なりふり構わず収益優先に走る企業姿勢を正していく勇気ある行動が保護されなければなりません。」
 人々の健康や環境に留意した良心的生産方法の商品を選択し、モラルを喪失した企業や業者の食品を排斥していく買い物行動が、食の安全安心を守り環境を守ることにつながる最も強力でかつ近道であります。
 “農の風景”を取り戻すのは、第一義的には“土の化け物”である自分自身の生命を腐蝕から守るためであります。そして、それは同時にかけがえのない自然生態系を腐蝕から守り、次代を担う子どもたちに損傷もなく引き継ぐことにもなるわけです。われわれは“土(農)と生命(食)との関わり”について、もっと学ばなければなりません。




 

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生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
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池田 優

 

 

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