■ 野菜・果物と健康 (71)
 
河名秀郎著 日本経済新聞出版社発行
『ほんとの野菜は緑が薄い』その4
 
 
第3章 肥料はなくても野菜は育つ
ーー土について考えたことーー
 
 
● どうやったら無農薬無肥料で野菜が育つのか
 
「じゃあ、農薬も肥料もなしで、どうやって野菜を育てるの?」
よく聞かれる質問です。
冒頭で触れましたが、僕は20年ほど前から、全国を回って多くの生産者さんに会い、自然栽培について話をしてきました。
 
現在は、自然栽培30年以上というまさに第一人者・自然農法成田生産組合の高橋博さん、秋田県大潟村にある、20町歩という広さの田んぼで自然栽培米を育てていつ石山範夫さん、果実の自然栽培者である広島県の道法正徳さんなどとともに、全国の有機栽培や一般栽培の農家さんに自然栽培について話をし、その普及に努めています。
 
さまざまな生産者さんにお会いする中で、何十年も農業に携わってきたベテランの生産者さんからも、まったく同じような質問をされます。
「いったい、どうすれば農薬・肥料を使わずに、野菜を作ることができるのか」
 
では実際、どうやって野菜や果実を育てるのか、僕が、かつて自然農法成田生産組合の高橋博さんのもとで勉強し、また20年間にわたってさまざまな生産者さんたちと関わり合い、試行錯誤を重ねる中で学んできた自然栽培のやり方についてもう少し具体的に話をしましょう。
 
 
● 「土から不純物を抜く」ことからはじめる
 
自然栽培では、化学肥料や有機肥料、牛糞、鶏糞、豚糞、馬糞、人糞、魚粉、肉骨粉、油かす、海草、米ぬかなどの原料、そして漢方系も含めて農薬などを一切使わないで野菜や果実を育てます。
 
まずは、その畑にこれまで入れてきた農薬や肥料などの不純物の一切を、畑の土から抜くことが重要なポイントになります。
 
目標は、山や野に生える植物のように、野菜や果実が育つことができる環境を整えることですから、土にとって不純なものを抜いてもともとの状態に戻すという感覚でしょうか。
 
自然の摂理に即して作物が育っていけるよう、土をきれいにしていくことからはじめます。
 
多くの生産者さんはそんなことは不可能だといいます。
肥料なくして野菜が育つはずがないと。
そんなことはありません。
土作りさえしっかりできれば、無肥料でも必ず育ちます。
 
では、今まで何年何十年と農薬や肥料を入れてきた畑でも、自然栽培ははじめられるのか。
これもよく聞かれることです。
答えは、イエスかノーか、と聞かれたらイエスです。
 
ただし、肥料はやめたらすぐに、今まで畑に寄って来た虫が寄ってこなくなるか、余計な草が生えなくなるかといったら決してそうではありません。
 
でも、入れてきてしまった不純なものを出し切って、とにかく土をきれいな状態に戻せば、虫が来なくなる、余計な草が生えなくなる。
そんな日が必ず訪れます。
 
 
● 異物の入った土には
「肩こりや冷え」が溜まっている
 
なので、自然栽培を始めるに当っては、まずは土を掘り起こすことから始めます。
畑のどのあたりに今まで入れてきた肥料分が溜まっているかを調べるためです。
 
だいたいある一定の深さのところまで掘ると、固い層にぶつかります。
そして、地面からそこまでを10センチごとの深さで、温度と硬さを測ってみると、なんとも不思議なことが起きています。
 
なにが起きているかというと、たとえば外気が19度の場合、地面から10センチほどのほどの深さの土中の温度が15〜16度、20〜30センチのところが10〜12度、30センチより深い部分が16〜16度という結果が得られます。
 
何かおかしいと思いませんか。
地面から地中に向かって深く進んでいくと、途中で土の温度が急激に低くなり、さらに深く進むと、また温度が地上近くと同じように上がっている。
土の温度は、地球の中心からスムーズに伝達してくるはずなのに、です。
地温だとあまり気にならないかもしれませんが、5度の差はかなりのものです。
 
地中のほかの部分より、冷たくて、硬いところ。
実は、これが肥料や農薬などの異物が耕運機の使用とあいまって溜まった層です。
僕らはこれを「肥毒層」と呼んでいて、人間で言えば「肩こりなどの凝りと冷え」に当ると考えています。
 
つまり、新陳代謝が低下して老廃物などが滞り、血液がきちんと循環しないために冷えていく。
そんな人間のからだのメカニズムとまったく同じことが土の中でも起きている・・・・・・とイメージしてみてください。
 
これではいかにもエネルギーが野菜にうまく供給されない感じがしますし、冷たい土の中で育つ野菜はあまりおいしそうには思えません。
 
この「肥毒層」をなくしていくことが、肥料や農薬に頼らない土づくりをしていく一番のポイントです。
重要だからこそ、なかなか一朝一夕にはいきません。
しかもたまってしまった肩こりと同じで、時間をかけて入れてきたものですから、なくしていくのにもある程度の時間はかかるのは当然です。
 
ですから、畑にどれくらいの期間、どれくらいの肥料や農薬を入れてきたかによって、土がきれいな状態に戻る時間も変わってきます。
ということは、自然栽培に移行してから野菜の収量を確保できるまでの期間も違ってくるということです。
 
土から「肥毒」が抜け切るまでの間、肥料や農薬を使っていたときと同じように、虫が寄ってきたり、余計な草が生えてきたりします。
なぜなら、抜け切らない「肥毒」の成分がまだ有効だからです。
 
 
● 有機栽培の落とし穴
 
もうひとつ、「肥毒層」に見られる興味深い現象があります。
それは使用してきた肥料が化学肥料の場合は、地中ではっきりした層が形成されるということです。
 
原材料が自然なものではないので、土と分離して一ヶ所に集まってきます。
そのため、はっきりと「肥毒層」が形成されて目でも確認できるほどです。
 
一方、有機肥料の場合は層を作らず、「肥毒」はあちこちに散らばってしまいます。
ここの温度も低い、あっちも低いということが起こり、「ここが肥毒層だ!」というはっきりした層にはないません。
 
なぜなら、有機肥料の原材料は、動物の糞などの自然由来の素材だからです。
明らかに異物である化学肥料とは違います。
土の目線に立ってみると、異物と認識しにくいため、土の中に取り込もうとしてしまい「肥毒」があちこちにちに散らばってしまうようです。
 
この現象は、実際に20年以上自然栽培に取り組むさまざまな農家さんを見てきてわかったことでした。
つまりこれが、有機肥料は即効性はないけれど効き目が長いといわれる所以であり、虫の害などからなかなか逃れられない落とし穴でもあるわけです。
 
ただ、有機肥料にもピンからキリまであり、「肥毒」の多いもの、少ないものに分けられます。
 
前者つまり「肥毒」の多いものは動物の糞尿堆肥、後者は植物由来のものです。
実際に、病虫害に悩まされている畑のほとんどには、動物性の糞尿堆肥が入れられています。
逆に、使用される糞尿堆肥の量が少ないほど農薬の必要がなくなり、植物性のものが中心の場合は病害虫が少なくなっていくという傾向があるようです。
 
自然界を例にとって考えてみると、たとえば動物の死骸や糞尿が落ちていることはもちろんあるのですが、土全体から見ればそれほどの量をしめるものではありません。
 
一方で、動物由来の有機肥料となると大量に落ちているはずのないものを人為的に畑にばんばんばんばん入れるわけですから、自然界の土のバランスとはかけ離れていくのが当然、といえば納得いただけるのではないでしょうか。
 
実際に有機肥料をやめて数年経っても、虫や病気に悩まされることがあります。
それは、有機肥料の効果がじわじわ出てくることの裏返しで、「肥毒」が抜けるのにも非常に時間がかかってしまう典型的なケースです。
そのため、自然栽培に移行する途中で嫌気がさしたり、「やはり肥料や農薬がないと野菜は育たないのではないか」と断念する生産者さんもいました。
 
でもこれは、土をきれいにするために避けては通れない浄化作用。
自然栽培に移行するためには、ここでしばし耐えることが必要となります。
 
 
● 土の「凝り」をほぐす方法
 
ある自然栽培の生産者の畑で、突然大根に線虫の大被害が発生しました。
10年間肥料を使わずに自然栽培で野菜を育ててきた畑で、今までなんの害虫も発生しなかったのに、10年目にして突然大根に線虫の被害が出てきたのです。
一生懸命がんばってきた生産者も首をかしげるばかりです。
 
なぜこのようなことが起きたのでしょう?
この畑は、かつて有機栽培で野菜が育てられていました。
そう、昔入れていた有機肥料の「肥毒」が今になって出てきたのだろうと推測できます。
そして、今回の線虫は最後の掃除をしにきたのではないか?
その答えは次の年に見ることができました。
前年の被害がウソのように見ごとな大根が育ったのです。
 
では、「肥毒層」を抜くためにはどうしたらいいのか。こ
れが次の問題です。
自然栽培は、あくまでも営農のための栽培法です。
 
自給自足なら「肥毒」が抜けるのをひたすら待ち続けるということでもいいかもしれませんが、農産物を作って売り、その収入で食べていかなければならない営農家さんにとっては、作物ができなくなるのは死活問題です。
「肥毒」が抜けるのを待つばかりでは、生活が成り立ちません。
そのためには、1日でも早く「肥毒層」をなくすことが必要です。
 
そこで僕らがどうするかというと、積極的に耕します。
人間で言えば、凝りの部分を揉んで血液を流し、老廃物として排出するといった原理です。
 
広い農地を手で耕していては、いつまで経っても肥毒をなくすことができませんから、プラフやサブソイラーという機械などを使ってまず肥毒層を砕きます。
 
 
● 人と土がコラボすれば、
野生よりもおいしい野菜が育つ
 
ここで「自然栽培といいながら、機械を使うんだ」と考えるかたもいるでしょう。
生産者さんの中には、耕すこともせずに自然のまま放置することが究極の自然だと考える人も確かにいます。
 
自然栽培は、放任とは違います。
人が食べる野菜を育て、それで収入を成り立たせるための栽培法ですから、ある程度まとまった量を収穫できなくてはいけません。
 
それは、大きい面積の畑や田んぼを自然な形に戻していくことにもつながります。
そのためには放任したままの無秩序な状態ではだめだと思います。
秩序が必要で、その秩序を作る手伝いをするのが人の役割だと思っています。
 
ですから、自然栽培は、昔ながらの方法に回帰する農法ではない、と思います。
過去の経緯を反省材料として、農薬や肥料で自然をコントロールすることは決してせず、人間が歩んできた歴史の中で生まれた英知は活用する。
 
いわば自然と共生するための新しい農法なのです。
僕たち人間も自然に一部ですから、自分達の存在を否定しなくてもいいような立ち位置でいるための農法といえるかもしれません。
 
話をもとに戻します。
砕いた「肥毒層」はそのままにしておくと数年後には再び固まってしまいます。
そこで次は、大豆、小麦や大麦などを植え、植物の根っこで「肥毒」を吸い上げてもらうのです。
 
大豆は、砕いた「肥毒」の層をさらに細かくし、直根性が強い小麦や大麦などは、細かくなった「肥毒」を根の力で外に吸い上げてくれるのです。
昔から、麦は土を掃除してくれる作物と呼ばれている理由がよくわかります。
 
自然栽培に移行した生産者は、「肥毒層」がなくなるに従って作物の収量が上がり、質も高くなっていると口を揃えて話します。
 
自然栽培は、自然と人のコラボレーション。
野生の野菜よりもおいしい野菜が育ちます。
自然とうまく共生し、人間の欲望も叶える。
ある意味とても欲張りな農法ですが、それは自然を破壊せずに尊重するからこそ、自然から与えてもらえるご褒美なのかもしれません。
 
 
● 土がきれいになれば、
ミミズは自然にいなくなる
 
「肥毒層」がなくなって、土が本来の状態を取り戻すと、土は次のような状態になります。
@柔らかい
A温かい
B水はけがよく、水持ちがよい
 
これが理想的な状態で、肥毒がなくなるにしたがって近づいていきます。
人間でも、新陳代謝がよく、血液の循環がいい人の肌は、暖かく柔らかいのと同じだと僕は思います。
 
茨城県行方市玉造の、自然栽培暦12年の田神俊一さんの畑では、タネや苗の植え付けがない時期に幼稚園の運動会が開かれます。
子供達が「気持ちいい!」と裸足で走りまわれるほど、軟らかく、温かいからです。
 
実際、足を踏み入れると、ズボッと5センチほど足が埋もれますし、手を土の中にもぐらせてみると、ほんのり温かい。
こうなると野菜は根っこをグングンと地中深くまで伸ばし、養分をどんどん吸収できます。
 
土は自然に近づけば近づくほど、温かく柔らかいものに戻っていくということがわかります。
また、自然栽培に移行した生産者が実感することのひとつに、虫が減るということがあります。
 
こんな嬉しいことはないはずなのに、一般の生産者さんの中には、「ミミズがたくさんいる土がいい土だ」と思っている人や、有機栽培においてはあえてミミズを畑に連れてくる人もいます。
 
確かに土が進化していく中で、ミミズはとても重要な働きをすることは事実です。
しかし、農産物を育てるのに適した土は、ミミズが働かなくてもいい土でなければいけません。
なぜなら、ミミズがたくさんいるうちはまだまだ土ができていない。
それだけ分解しなければいけないものが多いということですから。
 
自然農法成田生産組合の高橋さんの畑では、ミミズはほとんど見つかりません。
探しても見つからなくなった土こそ、本物なのです。
 
 
● 歴史のある土がおいしい野菜をつくる
 
こんなことがありました。
耕作放棄された土地を譲り受けた生産者さんが、自然栽培を始めようと土づくりに取りかかりました。
 
そして野菜のタネや苗を植え、もちろん農薬も肥料も使わず一生懸命取り組んでも作物がどうしても育たない。
「やっぱり無肥料ではできないのではないか」、そんな思いの中、相談が持ちかけられました。
そしてその生産者さんと一緒に畑に出向き、よくよく知れべて見たら、そこはかつて田んぼだった土地でした。
 
田んぼを畑にしようと思っても、それはなかなか難しいことです。
なぜか。それは土が違うからです。
長い時間をかけて、その作物に適した状態になった土は、そう簡単には性質は変わりません。
 
自然栽培の原則は、野山の草木を見本に、「枯れていく」作物作りができる世界を畑に再現することですが、そのためには、野菜にとって自然な環境、すなわち自然界と調和している状態に整えることが大切です。
田んぼの土は野菜にとって自然な状態ではありません。
 
農薬や肥料に冒されていない土づくりが重要なのは今まで書いたとおりですが、野菜を育てる土づくりをするときに、前述のような田んぼの土を使ったり、あるいは山の土を使ってもうまくいきません。
農薬や肥料が入っていなければいいんじゃないかという人もいらっしゃるかもしれませんが、山の土と野原の土と、水辺の土とは構造が違うのです。
 
たとえば、山を切り開いて農地を作ってみたところで、すぐに作物は育ちません。
山を崩した過程で土の層が狂ってしまうからです。
さらに、そこから実際に耕作地として相応しい土を作るにはそれなりの時間がかかります。
 
土を進化させるために自然と草が生え、また長い年月を経て生える草の種類が変わり、ようやく農地となっていきます。
土は進化するのに「1センチで100〜200年」という長い時間がかかるといわれますから、畑になるまでの時間を黙ってみていたら、どれだけの歳月がかかってしまうかわかりません。
ですから先人達は、耕したり、堆肥を入れたりして土を進化させてきたというわけです。
 
野菜は野原に、果樹は山に生えているもので、それぞれの場所で土の構造がちがいます。
土はその場所に生えていた植物の枯れたものが、長年の間積み重ねってできるからです。
 
野原の土には野菜が枯れたもの、田んぼの土には稲が枯れたもの、山の土には果樹が枯れたものが土にかえっていき、また土を作ります。
土はそこで育つ植物が作っているもの。
だから、性質をそう簡単に変えることができないのです。