山ちゃんの食べもの考

 

 

その119
 
[医食同源]を考える<9>
真弓貞夫先生のお話――@

 ここで、以前にもご紹介した小児科医・真弓貞夫先生の著書から、食の本質と子供たちの健康について学んでみよう。
 医者になって46年になりますが。東京医科歯科大学を出て、6年間研修を兼ねてこの大学に。それから13年間、救急病院の小児科長として組織のなかで働きました。ほぼ20年間組織で働いてきて、ある疑問を感じるようになりました。
 それは「日本の医療は進歩した」といいますが、病気が減らなければおかしいのではないでしょうか? 働けど働けど、患者さんは減らなかったのです。
 今でも、「3時間待ち3分診療」といった病院はたくさんありますが、一日に百人以上の患者さんを診ている時は、そんなものではありませんでした。1人に3分もさけないのです。これでは病気がなくなるはずがありません。また、1人3分の診療では、子どものすばらしさがみえないのです。


 「3時間待ちの3分診療」で医療費はどんどん上がっていき、今や30兆円を超えています。このままのペースで増えていくと、2025年には80兆円を超えるのではないかという恐ろしい予測がされています。深刻な問題なのです。
 私は、今の医療では病気という炎を消す方にだけ多くの精力が注がれているのではないか、つまり、火事があれば消防署から消防車が飛んできて火事を消します。しかし、消防署がやっていることはそれだけではありません。火事を出さないためにはどうすればいいのかというPRをしっかりやっています。また、公務員である消防署の人たちと共に、一般のボランティアの方による消防団が献身的に活動しています。
 このようなことが今、日本の医療でなされているでしょうか。病気にならないためにはどうしたらいいのかということについて、医者が真剣にお父さんやお母さんと話をしているでしょうか。一方通行になっていないでしょうか。


 真弓先生は、組織の中で自分の考える医療を実行することは無理だと思い、昭和49年(1974年)に真弓小児科医院を開設しました。
 真弓小児科医院の診療所には、薬はいっさい置いてないといいます。特に、新薬はつとめて使わないようにしています。武蔵野市と契約し、武蔵野市医師会に入っていますから、お母さん方が希望された場合には予防接種は射っています。ただし、一般的な注射は27年間1本もしていません。もっぱらお父さんお母さん、あるいは子どもたちとの対話を主体とした診療をしています。すると、私の想像を超えて、患者さんが減ってくるのです。と述べています。
 3歳の子どもたちは、いったい何を話しているのでしょう。当たり前のことですが、日本語を話しています。日本語は非常にむずかしい言語です。大人が3年間一生懸命に韓国語を勉強して、3年後に3歳児が日本語を話せるレベルで韓国人と話せるようになるでしょうか。私にはとても無理です。それくらい子どもの能力は高いのだということを、まずまっ先に知っておかないといけないのです。
 ソニーの会長だった故・井深大(まもる)さんが、「才能教育」というグループを作っていました。彼らが才能といっているのは、特殊な才能ではなく誰もがもっている才能という意味です。「才能教育」では、若くすぐれた新体道の先生である青木宏之さんを招いて、次のような取り組みをされています。
 3歳児、4歳児、5歳児を集め、後ろから何も言わずに新聞紙を丸めて振りおろすのです。皆さんはよけられますか?3歳児は100%よけています。4歳児は88%がよけています。5歳児になるとだんだん減ってきますが、それでも半数以上の68%がよけているのです。
 このことは、井深さんの『胎児は天才だ』(チクマ秀版社)という本にはっきりと載っています。これが当たり前だということを、皆さんは忘れてしまっているのです。


 病気は治すものでなく、治るものなのです。また、それ以前に日常生活をきちんとしていれば、病気にはならないはずです。
 この頃、「癒し」という言葉がしきりに使われていが、これも医者の思い上がりだと思います。癒すものではないのです。竹内敏晴さんという、すばらしい舞台演出家がいらっしゃいますが、『癒える力』(晶文社)という本を書かれています。
 子どもたちは自分で癒えていくのです。子どもは非常にすばらしい能力をもっているのですから、すべての子どもが癒える力を持っているのです。その力を外から削いでいないかということを考えなければなりません。医者に寄り掛かって、治療をみんな医者まかせにしていないでしょうか? 医者の方もそれをいいことに、治ったらさも自分が治したような錯覚をもっていないでしょうか?
 子どもたちには癒える力があるのですから、その力を日本の自然な食、自然な衣類、自然な住居、自然な生活リズムなど、自然な生活環境を整えて伸ばしていくべきなのです。この力をどんどん高めていけば、医者などいらなくなってきます。


 中神琴渓いう漢方医が『生生堂雑記』という本を、今からほぼ200年前の1799年に出しています。この本には、「病気になっても薬を飲まなければ、まともな医者にかかったのと同じことだ」と、はっきり書いてあります。
 私は昭和49年(1974年)に開業してから27年、1日たりとも診療を休んでいません。土曜や日曜は講演活動などをしていますが、北海道でも九州でもほとんど日帰りです。こんな生活ができるのも、子どものときの自然な生活で人づくりがしっかりできたからだと思っています。もちろん薬は27年間一切飲んでいません。
 『生生堂雑記』には、もっと厳しいことも書いてあります。「軽い病気を重くしてしまう医者がいなくなれば、天下の病人の8割は減るだろう」。効果が確実でない薬、あるいは副作用が予測できるような薬を使って病気をさらに重くしてしまう医者がいなくなれば、世の中の病人の8割は減るだろうというのです。
 今から3000年前、中国の周という時代に、「一番格式が高い医者は食べ物で治す医者(食医)、その下に薬を使って治す医者(疾医)、それからメスを使って治す医者(傷医)、次に獣を扱う医者(獣医)」という医者のランクづけがありました。医聖と言われたヒポクラテスは「食では治せない病気は、医もこれを治せない」と2000年前に言っています。
 今、これらの言葉が逆転しているのではないのではないでしょうか。医者の治療もあっていいのですが、その前に家庭でできる医療があるのです。


 子供が自分で病気を治す方法は、いくらでもあります。一番いい方法は、体温を高めることです。
 わかりやすく、O-157感染症の例をあげましょう。O−157は、72〜73℃の温度が2、3分つづけば死んでしまう黴菌です。大方の病原菌は高温に強くて低温に弱いのですが、O-157は冷蔵庫の中でも生きています。ですからO−157が体の中に入ると、子供は病原菌を殺そうとして一生懸命体温を上げていきます。上げれば上げるほど病原菌が早く死んでいきますから、治りが早くなるわけです。
 こうして子供がせっかく病気を治そうとして体温を上げているのに、解熱剤などを使って熱を下げると、お腹の中で苦しんでいるO-157は喜びます。温度が上がって苦しんでいるところに下げてもらう、こんないいことはないわけですから、黴菌はどんどん増えていきます。


 次に、子供はどうするでしょう。お腹の中で黴菌が増えてきたから、それを早く出さなければなりません。早く出すためには、便をゆるくして回数を増やせばいいわけですから、下痢の回数が増えれば増えるほど、治りは早いのです。下から出し切れなかったら、吐けばよいのです。これを下痢止め薬を使って止めてしまうと、お腹の中にO-157がいっぱい増えてしまい、その病原性のもととなるベロ毒素によって命を落としてしまうのです。
 ほとんど例外なく、解熱剤、下痢止めを使った人たちがO-157で亡くなられています。死者をむち打つのは辛いのですが、病気を治すのと逆さまのことをするわけですから、当然の結果です。
 また体温を上げることによって、体から汗も出て行きます。汗の出方が強ければ強いほど、体の老廃物が早く出てきますから、早く治ります。だからこそ、汗をかけない子供、低体温の子供が今非常に問題になっているのです。


 西洋医学にはヒポクラテスの時代からずっと、5つの医療の流れがありました。

 1番目に来るのが、「ホメオパシー」です。これは非常にむずかしい治療法です。病気の原因になるようなものをどんどん稀釈し、限りなく水に近いような状態で患者さんに与えて、それに対する免疫を高めるというような方法です。同種療法とも訳されます。

 2番目は、「ナチュロパシー」という自然療法があります。ナチュロパシーには、この頃さかんになっているアロマテラピー(芳香療法)やハーブによる療法などが含まれます。

 3番目は、「サイコセラピー(心理療法)」です。病気と心とは非常に密接な関係をもっていますから、心理的な要因を取り払って病気を治していくやり方です。

 4番目は「オステオパシー」です。これは、今の整体とは少し意味が違うのですが、骨格を整えるやり方といえます。

 5番目が、「アロパシー」があります。これが薬を使って治すやり方です。西洋医学の5つの流れの中のたった1つが、医療品を使って治す医療だったのです。

 しかし、18世紀後半にヨーロッパで、国家的な規模で1番目から4番目までの治療が医療行為から切り捨てられていきました。もちろん今でも行われているのですが、医療としては行ってはいけないことになりました。
 そして、明治維新と共にアロパシーだけが西洋医学として日本に伝来しました。


 現在わが国では、1番目から4番目までの治療法は、治療行為としては認められず「代替治療」と呼ばれています。しかし、これらも立派な本来の治療法なのです。それなのに、あたかもアロパシーだけが医療であるような状況になっています。理由は簡単です。他のものには経済的な利潤が少ないからです。
 この西洋のアロパシーが、明治維新と共に日本に入ってきました。アロパシーが最初に日本に入った時は、「逆症療法」と直訳されていたのです。病気を治すために発熱したり、下痢をするのですが、それを薬を使って熱を下げたり、下痢を止めたりするわけですから、まさに「逆症療法」であるわけです。それがいつのまにか、病気に薬で対応して治す「対症療法」という言葉にすり変わってしまい、そこから薬が氾濫していきました。
 おそらく行政、薬品、あるいは医者によって名前が変わっていったのでしょう。しかし、こういう人たちのせいにしていたのではダメです。皆さんが賢くならなければいけないのです。子どもたちに、やたらに薬を飲ませていないか、特に安易に新薬を与えていないか、考えなければいけないのです。



 

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生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
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池田 優

 

 

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