山ちゃんの食べもの考

 

 

その270
 



食は生命なり
「生命なきは食にあらず」とも云われますが、
人は多くの生命を頂く事で生かされている。
植物の生命も動物の生命も微生物の生命も、
土の生命も水の生命も空気の生命も、
すべての生命がつながって生かされている。
そんな「共生」の世界で生かされている。
「人は何を食べるのかによって決まる」とも云う。
肉体的な健康、長寿のみならず、
知性、思想、性格までをも決すると。
その食べ物の作り方、その食べ物の商いほう、
その食べ物の選び方、買い方、食べ方は、
その人の生き方、その考え方そのものであると。

                                   
(山ちゃん)
『食は生命なり』 【127】
 
『辰巳芳子 食の位置づけ』   より その5
 
 
第3章 食のつながり
〜生産の現場から〜
 
嘘のない人々の姿は、私どもに宝です。
ここに、この国の現況にあって、宝のような4人の生産者の方々を紹介します。
 
 
● 多田克彦
 
岩手県遠野市。
柳田邦夫の『遠野物語』の地、日本の原風景を残した観光名所としても知られるこの町で、多田克彦さんは「多田自然農場」を営んでいる。
辰巳さんが毎朝スーパーミールにかけて朝食の定番にしている「多田克彦の飲むヨーグルト」は、この農場で作られたもの。
他にも牛乳、生クリーム、プリンなど、多田農場の乳製品は驚くほどくせがなく、さらりとした口当たりの中に香りの刻の有るがあるのが特徴だ。
 
いまでこそ珍しくないものの、十数年前の発売当時、「多田克彦の牛乳」「多田克彦の納豆」など自らの名前を冠した商品は画期的だった。
自分が作った食べものに自信と責任を持つ姿勢は、実際の品質のよさに裏付けられて、全国からの注文が右肩上がりに増えている。
 
市の職員から転身して酪農を中心にほうれん草、トマトをはじめ多くの野菜や「ナンブシロメ」という地大豆を独自の製法で育て、今はまったく新しいやり方の米づくりにも挑戦している多田さん。
365日、早朝から休みなく働いているにもかかわらず、「農業ほど面白いものはない。毎年わくわくする」と屈託ない笑顔を見せる。
 
朝方一緒に訪れた農場では、遠野の山々を背景に鳥が啼き、牛たちがのんびりと過ごしていた。
囲いもない牛舎で、牛は好きなときに草をはみ、自らの糞と藁でできたベッドに寝そべり、乳がはれば自ら搾乳機に入る。
自然な環境で、ストレスを感じずに育った牛の乳はおいしい、と搾りたてのミルクを味わいながら実感した。
 
 
 
■ 農業は『発酵』だ!
 
――本当においしい牛乳ですね
 
ここでは、牛は好きなように暮らしているからね。
牛を飼うとき一番悩むのが糞尿の始末。
かき出す作業は大変な手間なんですよ。放っておいても牛のストレスになる。
牛も豚もきれい好きですよ。
人間が怠慢なだけ。
 
それだ採用したのが「フリーバーン方式」。
スタッフに入倉君の提案ですが、要は微生物を使って、糞尿を分解させるという。
難しいことじゃなくて、最初に微生物を糞尿に混ぜたら、あとは毎日発酵を促すために木屑をさらっとまくだけ。
 
微生物が分解した糞尿は、いい「土」になるんですよ。匂いもしなくなる。
この「ベッド」で牛は好きなときに眠り、好きなときに外に出て草を食べ、好きなときに自分で搾乳機に入って乳を出す。
 
辰巳先生が始めてここにいらしたとき、搾ったばかりの乳を飲んで「私が捜し求めていた味」とおっしゃいました。
 
子どもたちとバターをつくる講習でも、うちの生クリームを使ってもらって。
最近の日本人は出来上がったものは知っていても、作る工程を知らない人が多い。
生クリームを泡立てるとバターができるんだ! と、会場は熱気と興奮に包まれていました。
 
 
 
――市の職員から、農業に転身されました
 
公務員時代の10年は、農業に対する疑問だらけ。
行政の指導で始まった減反政策で、遠野では1000棟ものビニールハウスを建て、ほうれん草の栽培を始めました。
 
ところが3年もしないうちに崩壊。土がだめになったんです。
行政指導は「堆肥を入れろ」「化学肥料をまけ」。
でも、ビニールハウスは雨も当たらない、自然の営みからシャットアウトされた特殊な環境です。
米作りが何年も連作障害を起こさないのは、水という力があるからなんですね。
 
ビニールハウスに過剰な堆肥を入れても分解されないし、化成肥料で土は固くなり、うまくいかなかった。
そういう疑問から、私は独学で研究をはじめ、自分で農業を始めることにしたんです。
平成元年にスタートして、5、6年目に微生物の存在がいかに大事かに気付いた。
 
これからの農業は発酵だ!
そう気づいたところから、どんどん農業が面白くなっていきました。
 
 
多田自然農場では、年4回ハウスでほうれん草を作っている。
農薬はもちろんケミカルなものは一切使わず、藁、草、落ち葉などを堆肥にし、カブトムシが卵を産んだ牛や豚の糞尿を堆きゅう肥にする。
肥料には羊毛、骨粉、乾血、海水マグネシウム、魚粕、菜種粕、米ぬか、炭、貝化石などをオリジナルでブレンド。
連作障害が出ていないだけでなく、「甘い」「味がいい」と評判のほうれん草は、常に出荷待ちの状態だ。
 
 
土がバランスを保っていると、病気のもとになる菌や虫は来ないものなんですよ。
病気になりそうだなと気配を感じたら、先に手を打つ。
人間と同じですよ。
土壌が腐敗していると病気も虫もやってくる。
腐敗というのは「酸化」です。
今、抗酸化作用の強い食品が注目されたりしていますが、発酵は「抗酸化」です。
常に土を発酵させて能力を最大限に引き出していれば、農薬や化学肥料は必要ない。
農業はサイエンスです。
 
ホリスティックに作物を「いのち」と捉えたとき、土を健康にととのえ、水や肥料をバランスよく与えることで、それは本来の力を最大限に発揮する。
ハウスのほうれん草はできるだけ水の量をおさえて、根からでなく、葉から水分を吸収するようにしているんです。
 
トマトもほとんど水をやらない。
そうすると自分で空気中から水分を取り込もうと、葉を大きくするんですよ。
そうやって育てたほうれん草やトマトは、味が全然ちがう。
そういう植物、食べものを作るのが、農業をやる誇りですね。
 
 
――ヨーグルト、納豆など、発酵食品も人気です。
 
多田克彦のヨーグルトは乳酸菌の含有率が他に比べて何倍も高く、胃酸でやられることなく、大腸にまで届きます。
納豆は、これを食べて他のが食べられなくなった、という感想をよくもらう。
失敗を繰り返しながらも「より良い発酵とは何か」を追求してきた結果だと思います。
 
「発酵」が自分のテーマになってから、さまざまな菌とつき合っていると、四季のある国に住んでいることをより強く実感します。
2月、寒の時期に酒を仕込み、6月に乳酸菌を仕込む。
9月には納豆菌(枯草菌)。
季節季節で微生物は変化していくんですね。
経験則だけでやっていると間に合わないので、まず仮説を立て、失敗したときはその原因をサイエンスで読み解く。
毎年実験をやっているようなものです。
わくわくする。本当に農業ほど面白いものはありません。
 
 
――大豆100粒運動にも積極的に関わっていらっしゃいますが
 
最初の発案のときからアイデアを出したりね。
京都の「久在屋」さんという豆腐店とも辰巳先生の紹介で知り合い、直接大豆の取引をしています。
 
店主の東田数久さんって人は、誰よりもうまい豆腐をつくる! とサラリーマンを辞めて豆腐製造業をはじめた人。
国産の地大豆の復興に力を入れていて、おいしい大豆を求めて全国を行脚している信頼のできる人です。
その人との取引が毎年10トン単位で増えている。
 
生産者と加工業者が直接つながる動きって、これまで少なかったんですね。
でも、間に流通が入らないことで、互いに顔が見え、責任の持てる関係を築ける。
 
これからは、生産者と加工業者、消費者が直接つながっていく時代じゃないかな。
政府主導の単一型大規模経営ではなく、生産者が自立し、直接消費者とやり取りする時代。
生産者が消費者を、消費者が生産者を育てていく時代になるべきだと思いますね。
 
 
――スイスのチーズづくりを見に行かれたとか。
 
スイスのチーズ専門学校にスタッフを一人派遣する予定でその下見に生きました。
スイスのチーズづくりは素敵でしたよ。
大鍋にミルクを入れて、薪を燃やして殺菌するんです。
45℃に保って、牛の第4胃にあるレンネットという酵素を入れて。
昔ながらの製法でつくっている。
 
モダンなエスプレッソ・マシーンのある部屋の脇で、ですよ。
僕は本当のエメンタールとラクレットを日本で、遠野でつくりたい。
その第一歩です。
行くスタッフは会社を50歳で辞めた人。
チーズ作りへの転身、わくわくしませんか。
 
 
 
■ 農業は『発酵』だ!
 
最近は、IT関連企業や大手メーカー、金融関連から農業に転職する人も多いという。
既存の社会システムに疑問を抱き、新しい、自立した人生選び取ろうとする人に、多田さんは協力的だ。
次の世代の育成はもちろん、高齢者の雇用も積極的にしている。
 
実際、多田さんの農場でほうれん草やトマトの世話をするのは、70歳をすぎた女性たち。
業種を超え、世代を超え、農業に従事する人を支えるだけでなく、自らは自身の枠を超えて新たな生産品、新しい育成法に挑戦し続けている。
 
最近では、独自の製法による米でつくった試作品のおにぎりが軒並み完売。
次々に挑戦していくエネルギーはどこから生まれるのだろう。
 
 
遠野を「常に農産物が作られていて、いい音がしている町」にしていきたいんです。
「いい音」というのは加工する音です。
一次産品として出荷するだけでなく、二次産品を増やしていく。
 
これから農業に求められる力は、デザイン力だと思います。
食べ方まで提案していく力を、生産者が持たないと。
それを流行ではなく、永続的にやり続けていくには、異業種とのつながりをもっと深めていかないといけないと思う。
 
フランスには、いい農産物が穫れる地方にいいレストランがある。
本当にうまいものを食べたいと思ったら、フランス人はそれが穫れる現地のレストランに行くんですね。
そのほうがおいしいことをちゃんと知っている。
日本も早くそうなるべきだと思う。
 
今小学校で天然酵母のパン作りを教えたり、中学でフランス料理の講習を行う手伝いをしているんです。
遠野に調理師やパティシエを育てる学校ができるといいと思う。
そのための土壌づくりを、いましているんです。
これから農業はどんどん変わっていきますよ。
 
 
――消費者のみなさんに伝えたいことはありますか
 
僕がいつも思っているのは、作物が姿で見せてくれる力、その感動を消費者の皆さんに伝えたい、ということです。
 
口で伝えるのではなく、もので伝えたい。
食べたときに感動するものを作りたい。
それが自分のミッションだと思っている。
だから消費者の皆さんにももっと「思い」を持ってほしい。
その波動で僕らは動きますから。
 
有機農法の「有機」は「いのち」と同義。
政府がすすめた化成肥料や農薬にはいのちがない。
化成肥料や農薬の発明は、確かに当時は画期的なものだった。
でも、その使用がピークに達したとき、土がだめになったんです。
 
1980年ころから急に有機農業が盛んになったけど、今度は堆きゅう肥をやりすぎてだめになった土地もある。
何でも「やりすぎ」はよくない。
菌っていうのは、20%がいい菌で、20%が悪い菌。
残りの60%は日和見菌なんです。
 
まるで人間社会じゃないですか。
いい人ばかりでもひ弱な社会になる。
バランスが大事なんです。
 
 
――環境と農業、食べものは一体、と
 
少なくとも、自分が農業をやる中では、環境に負荷をかけることはやっていない自負はある。
普通なら石油から作るビニールを使うところも、植物繊維でやっているし、木屑も廃材をもらってくる。
 
牛に飲ませるのはミネラル分の多い沢の水だし、水田の入り口には牡蠣殻を置いて水を浄化している。
 
農業っていうのは、土と水の研究そのものなんですね。
土と水の循環を妨げず、活性化することで作物にもちゃんと反応が出る。
自然って、放っておいてもダメで、ある程度手を加えないと美しく保てない。
自然の形に適度に手を加えることで、作物が持っている本来の能力を生き生きと発揮させることが、僕らの仕事だと思っています。
 
仕事である以上、やるときはいのちがけ。
30年ぼんやり続けるのと、3年間いのちがけでやるのとでは、結果が違う。
植物から本気で学べば、やった以上のことが返ってきます。
 
 
――行政に望むことは?
 
いま日本の食料自給率は39%。
極端に低い数字です。
もとはといえば、家畜のエサを安い輸入食料に頼ってしまったことが大きな原因だと思う。
飼料を国内で作れば、かなり上がるはずです。
 
でも、最近ではバイオエタノールの開発で飼料用のとうもろこしなどの価格がまた高騰しているでしょう。
行政はその中で農業をどう守っていくかを考えなければ。
「いま」ではなく「5年後」を見据えて、経済の自由化、グローバル化とどう向き合うか、それを考えるべきです。
そして農家は、行政に頼らず、自立の道を歩むべきだと思う。
 
僕が行政と農協を断ち切り、独自の道を歩んだとき、生意気だといわれました。
平成4年に「多田克彦の〜」を商品としたときは、めずらしがられたのと同時に批判もあった。
でも、あえて「個」で生きること、精神的に自立する道を選んだ。
 
どんな人間にだってミッションはある。
すべての人生に意味があって、存在するすべてのものにも意味がある。
僕にとって、農業は自分探しでもあるんです。
長いものにまかれるのではなく、自分の個としての生を確立したいと、農業を始めてから強く思うようになった。
そして、いまは次世代を育てたいという思いが強くなっています。
 
自然とつき合っていると、自分自身が「大きな力」に生かされている、と感じます。
自分の命に必要以上に固執しなくなると同時に、悔いのない人生を送りたい、という気持ちも強くなる。
 
農業って、休みはないし、天候に左右されるし、大変な仕事だというイメージがあるかもしれない。
だけど、自然の中で生きているんだから当たり前だし、それ以上の感動があることは確か。
牛にエサをやるのに今日は休み、なんてありえない。
お互い、生きているんだから。
マスコミももう少しイメージよく、日本の農業の現状を伝えてほしいなぁ。
 

 

ごらんいただいたことを大変ありがたく感謝します。

 

生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
L ife A griculture F oods

FAX :076-223-2005
mail :m.ikeda@ninus.ocn.ne.jp

池田 優

 

 

◎ ご意見、ご教示はこちらまで    掲示板も御座います。是非ご利用下さい。→ 掲示板

最新号へ戻る