山ちゃんの食べもの考

 

 

その37

 もう何前になるだろうか、美味しい本物を求めて全国どこへでも足を運ぶという、今は亡きKスーパーの故K社長から、そのお店をお訪ねした折に、「このかぶら寿司、一口食べてみまっしゃい。どう思うかね」と言われご試食に預かったことがあります。このような言い方をする時には決まって余程の掘り出しものであり、相当の惚れ込みようなのです。物静かですこぶる温厚な方なのだが、食べものの話になると俄然熱がこもってきます。「金沢にも有名なかぶら寿司メーカーはいくつもあるがこれだけのものはない。決め手になる糀が違う、かぶらが違う、作り方が違う」いかに苦労してこのかぶら寿司を手に入れたか、そして糀というのはかくかくしかじかで、そこらにあるものとは全く違うのだと、嬉々として薀蓄を語ってくれたのです。
当時Tスーパーに勤務していた私は、ライバルとも言えるKスーパーの社長から不思議とかわいがられ多々教えていただいてきた。青果市場でいつも顔を合わし、農産物を中心に、あそこの桃はどうだ、どこそこの産地はどうだとよく話し合い、本物を見る目と舌を養うことの大切さを教えられたものです。
私がスーパーを退職し、有機農産物の開発と流通販売に乗り出した時、良いものであれば全面的に支援するから、青果物に限らず美味しい本物があったらなんでも持ってくるように、これからは本物の時代だと励ましてくれたのが、このK社長でありました。おかげで何とか軌道に乗り、食べもの全般について総合的に考え勉強することができるようになった大恩人であります。
私はK社長が脚を棒にして頼んだという“糀”に強い関心を持っていたので、そのあたりにある糀とは全く違うのだという石黒種麹店をぜひ一度お訪ねしたいものだと思っていた。友人の骨折りでついにその機会がやってきたのです。


 ところは富山県西砺波郡福光町新町、落ちついた商店街の佇まいに古き伝統を思わせる格子戸が連なる。店々の軒下に咲き誇る朝顔が風情を添え、道行く人々に心優しい富山の人情味豊かな人柄が忍ばれる。
 折しも町制350周年の記念行事の真っ最中であった。ご主人に招かれて“糀”と大書された大きな暖簾をくぐると、富山の美しき良き伝統を映した風間耕司氏の写真展が開催されていた。店先には特製の味噌を買い求める客が次から次とひきも切らない多忙の中であったが、ついにK社長が夢中になってほれ込んだ糀の秘密についてのお話を伺える時がきた。
 「K社長はどうしても販売させて欲しいと5回も足を運ばれてきたんですよ。当時私はスーパーが嫌いでね、売る気がないとお断わりし続けたんですが、とうとう根負けしました。今思えばあんな立派なお方に対して本当に申し訳ないことをしたと思っているんですよ」とは石黒種麹店4代目店主・石黒八郎社長の言葉です。
 種糀を作るところは全国でも8軒ばかりで、北陸では石黒種麹店ただ1軒だけだという。「これが種糀です」と200g入りの小さな袋、青灰色を帯びた種糀なるものを見せてくれた。「この一袋の種糀でこのような糀が200枚出来ます」と見せてくれたのが、楕円形の糀を作る木の折箱にふっくらと出来上がったまぶしいくらいに真っ白な糀です。1枚の折箱の糀は1kgだから、わずか1gの種糀で1kgの糀が出来上がるわけで第一の驚きでした。
 「3日間ぐらいで作る機械糀もありますが。お客さんに喜んでもらえるような自分の納得がいくいい糀を作るには、いろいろ考えましたが3代目の父から受け継いだ昔ながらのやり方から手を抜かないこと。糀は生き物、じっくり時間をかけ、米の芯の芯まで麹菌がしっかり入り込んでいること。雑菌が混ざりこんでいないことです。雑菌の繁殖を防ぐために真夏の山中に入ってある種の植物を採集して灰にし、それを使って安定した品質の種糀を作ります。種糀があって始めて糀が作られるわけで、僅か数粒でも不完全なものが混じっていると、あとあとの製品に大きな開きが出来てきます。麹屋や味噌屋などは、この種糀を買い求めて作っているわけですから僅かの油断も手抜きも許されません」
種糀の強力な酵素は30℃もあるレンガ造りの室の中で10日間以上寝かせ、その間は真夜中と未明に起き出して切り返しや上下の入れ替えを行い、常に温度を一定に保ってやらねばならないのです。「真夜中の仕事は私と家内がやります。とてもサラリーマン仕事で出来ることではありません」。米粒2〜3粒程度の種糀の善し悪しが、後の糀屋の糀の出来不出来、味噌や甘酒、かぶら寿司など、糀を使った製品全体の善し悪しが決まってしまうわけです。


 「日本全国いろんなところへ食品添加物を売り歩きました。当時はまだ添加物の表示義務はなく、食品メーカーの困った問題にはいろんな添加物を紹介して、こんな便利なものがあるのかと随分喜ばれたものです」。石黒さんは学校を出ると添加物販売の会社に勤めトップセールスとして各地を奔走しました、サッカリンなどはトン単位で売れたと言います。漬物をはじめ、物によっては何十種類もの添加物が使われる食品作りの現場をつぶさに見てきている石黒さんだからこそ、逆に徹底した本物づくりにこだわることになりました。
 ふぁ〜っと口中に優しく広がる糀味噌の甘味と香り。手間ひま惜しまず手造りされた石黒種麹店の米糀味噌の美味しさは、知る人ぞ知る逸品である。“超特選特上、天然熟成、甘露味噌”には手造りされた最上質の糀がふんだんに使われています。米は天皇陛下に献上された由緒ある新潟の生産者のEM酵母栽培のコシヒカリ。厳選された北海道の生産者による秋田大豆は芽が黒色で一粒一粒丹念に皮をむきます。塩は自然塩・赤穂の甘塩を使っています。土蔵の中に並ぶ大きな木樽の中でじっくり一年以上寝かされ熟成した薫り高い味噌です。
 かって、石黒さんの味噌の評判を聞いてあるスーパーから販売の要請を受けたことがあった。石黒さんが「味噌は生き物です。うちの味噌は添加物を使ってないので色が変わったり袋が膨れてきたりで変質しますから冷蔵ケースで販売してください」と話すと「常温でも売っても大丈夫なものにしろ」という。「添加物を使ったような物は作りたくない」と答えると、冷蔵ケースのスペースを開けるから販売数字に責任を持てと言われたそうである。食べものに全く理解のない横柄なスーパーとの取引は止めたという経緯があるとのことです。最近でもこの類のバイヤーが多いのが実情です。
 味噌は日本人の命を支えてきた大切な大切な生きた食べものなのです。貴重なたんぱく源であるとともに、腸内の善玉菌を活性化し体を正常に保ってくれる発酵食品なのです。
 現在でも保存料等を使った2〜3ヶ月間で作る速醸の味噌が常温で平積みされて安売りされていますが、大概の場合、袋が膨れたり変色したりのクレームを避けるためいくつかの食品添加物が使われており、そうしたものは使用する原材料の質も推して知るべしといったところです。


 宮崎大学教授・医学博士・島田彰夫著『伝統食の復権』(東洋経済新報社)の中で、「栄養価が豊富で日本人の味覚に合う味噌汁を毎日続けて摂取して欲しい」と味噌汁の大切さを次のように述べています。
 「味噌汁は決して塩の水溶液ではないのです。私が味噌汁を勧めるのは、穀類と共に食生活の核を形成する大豆が使われているだけではなく、多様な具が使えて栄養価が高いこと、その塩分濃度が1%前後で体液濃度0.9%に近いものであることなどです」
「1日平均2.5杯位の味噌汁の摂取料で、カルシウムや鉄の摂取量の25%前後、タンパク質の15%前後が、具を含めた味噌汁から摂取されていたことがわかった。またビタミンの摂取量はそれに使われる野菜の量で変わり、味噌汁に野菜の量を多く摂っていた地域ほど胃ガンの死亡率が低かったのです」
 また食品原料商を営む中で添加物の恐ろしさを実感し、食品について多くの執筆をしている郡司篤孝氏はその著書『何を食べたらいいかU』(三一書房)の中で、「味噌は手作りに限る。しかし手作りのできない人は、自然食品店で天然味噌を求めるか、それでも信用できなかったら、天然味噌のメーカーを見学して納得いったら購入すること」と述べ、日本伝統食の重要な柱である味噌が大豆カスなどの粗悪な原材料を使い、食品添加物や化学調味料で短期間に作られたいい加減なものになっていることを指摘しています。


 アイシスガイヤネット編『体にやさしい食材の本』(飛鳥新社)の「味噌の選び方」には以下のように記されています。
「昔から、味噌汁を毎日飲む人は風邪をひかないといわれてきました。最近、味噌には、免疫力を高めるだけでなく、ダイオキシンや放射能などの毒物を体内から排出する効用があるという説も出ています。そのほかタバコのヤニを洗い流したり、ガンの予防、増血作用、老化防止、肌や腸をきれいにするなど次つぎと味噌の効用が実証されています」
「朝は、パン食よりもご飯の方がヘルシーだというのも、一緒に味噌汁を飲むからだと思うのです。昔の人は経験的に味噌が健康の元だと気づいていたのだと思います。環境や人体に危険な化学物質があふれているこの時代、味噌は、複合汚染から身を守ってくれる心強い食品と言えます。ですから、朝はどうもご飯は重いという人は1杯の具だくさんの味噌汁だけでもいいのではないでしょうか」


 「でも最近は、その味噌の原料も作り方も、昔とはがらりと違ったものが多くなってしまいました。本来の味噌は、生き物なので、ビニールの袋などに入れたりすると、袋がパンパンに膨れたり色が変わったりします。そんな味噌の変化を抑えるために、防腐剤などの添加物が用いられたりします。また味を調節するために、化学調味料も加えられたりします」
 「たとえ無添加と表示してあってもまだ安心できません。味噌の原料になる大豆や米や麦などの輸入ものは、輸入の際にかけるポストハーベスト農薬の危険性があります。安心できる素材だけで作られた無添加の味噌でなければ、健康の元といえるかどうかは疑問です」
 「味噌の種類は、大きくわけて3つあります。米糀と大豆で作る米味噌。麦と麹と大豆で作る麦味噌、それに大豆だけで作る豆味噌。私たちが普段使っているのは米味噌です」
 「できれば味噌の原料になる大豆や米や麦は国内産。さらにこだわれば無農薬・有機栽培がベストです。とはいっても、大豆はどんどん国内産が少なくなっていて、大豆の自給率は6%以下ともいわれています。そのためにこだわりの味噌屋さんは農家とに契約栽培をして、国内産の素材を守るなどの努力をせざるを得ないのです」


 「無添加であることのほかにも、こだわりを持った味噌屋さんは塩にもかなり気を配っています。できるならば塩は科学的な精製塩ではなく、自然海塩が望ましいのです。というのも自然海塩はミネラルバランスが取れているので体にもよく、風味がマイルドです。さらにこだわるならば、味噌を仕込む容器が木桶であれば、より自然な発酵をさせた昔ながらの味噌になります。今では木桶を作る職人さんもいなくなり、天然醸造の味噌は貴重な時代になっているのです。こだわりの本物の味噌の条件を上げていくと、昔ながらの大切な食文化を守ることがいかに難しい時代になっているかを改めて感じます」
 「袋が膨れ上がったり、色が変わっていくのは、酵母菌が生きている元気な味噌である証拠。昔ながらの無添加の味噌を手に入れ、味噌本来の味と香りを楽しみたいものです」


 温かいご飯に味噌汁。こんな旨い物があったのかと改めて本物味噌の美味しさを感動したがら味わい朝食を楽しんだ。野菜のもつ旨味と香りが、味噌の持つ旨味と香りと溶け合ってなんとやさしくふくよかな風味をかもし出すことであろう。自然とはこんなにも美味しいものだったのか、大切にしたい。
 秋祭りだから来いと田舎の兄から電話があって行ってきた。兄が有機栽培する圃場を見に行って、いろんな野菜をどっさりもらってきた。畑から引き抜いたばかりのネギを持ち帰って、石黒さんの味噌で、子どもの頃父親が酒のつまみにして楽しんでいたネギ味噌を作った。白ネギを細かく刻んだものをたっぷり入れて味噌をまぶすだけである。何と旨いことであろう、食べ過ぎに家内が心配した。酒が進む。熱いご飯に乗せて食べるのも合う。
 やはり兄が作っている物を貰ってきたアケビがある。中の実を取り出し、代わりにこの味噌を詰める。アルミホイルでしっかり包み込んでオーブンでゆっくり焼き上げる(昔はいろりの灰に埋め込んで焼いた)。アケビの皮のほろ苦さと上等の味噌の甘味が調和した絶品になるはず、今晩の楽しみである。今晩も熱燗が1本余計にいるであろう。
 どうしてこんなにやさしく甘味のあるまろやかな味噌ができるのだろう。味噌蔵の中に入っても、食欲をそそるこうばしい香りはするがいわゆるいやな味噌臭さはない。塩辛さは全く感じさせない。塩分も時間をかけるから発酵熟成と共に練れて角がなくなり、味噌汁に入れた野菜から本来の旨味を引き出してくれるのである。
「ウチは麹屋であって味噌屋ではないから、味噌屋さんと同じような味噌を作っても仕方ないから糀を思いっきりたくさん使うんです」という。種糀から作る天然熟成の本物味噌の旨さを味わって欲しいものである。


 「ちょっとつまんで食べてみてください。芯まで完全に酵母菌が入って発酵した糀です。これが大変なのです。一粒でも米粒を噛むような不完全な糀が混じっていたのでは良いかぶら寿司も出来ませんから」。
「米の花と書いて糀と読みますが、これが糀の花です」。以前、NHKの取材があって撮影したものだという何枚かのパネル写真を見せていただいた。何倍にも何倍にも拡大撮影をしていったものである。一粒の糀が大写しになったものがまるで雪の山のように見える。それをさらに拡大し、そのまた産毛のように見える一部分を拡大撮影したものが麹菌の胞子の花なのだ。まるで純白のタンポポの穂が咲き誇っているような様子です。肉眼にはもちろんに虫眼鏡やそこらの顕微鏡では見えないこの菌を、経験と勘、肌に感じて育てているのです。温度計も使わない。全身で感じ呼吸を合わせ、糀と一体にならねばできない神技でなのです。3日間でできるという近代的な機械作りの糀では、石黒さんの食べものづくりにかける哲学が許さないのです。大変な神経と手間暇をかけなければできない古式の手作り糀、人生のすべてをかけたの石黒さんのお話に熱い真心と感動を覚えました。
雪のように白くふっくらとして輝く糀を前に話し込んでいるとき、奥様から飲んでみてくださいと湯飲みに注いだ温かい甘酒が運ばれてきた。この後の話は次回に譲りたい。



 

ごらんいただいたことを大変ありがたく感謝します。

 


生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
L ife A griculture F oods

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池田 優

 

 

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