山ちゃんの食べもの考

 

 

その46
 

 ご飯と田んぼの稲とが同じものだと感じ取れない子供がいるというから驚きだ。そうかもしれない。パンやラーメン、うどん、スパゲッティ、ビスケットと小麦畑が結びつかない。チキンフライからもトンカツからもミートボールやサシミからも、生き物の姿も飼われ方も、そして命が奪われ調理加工されていく姿など見えやしない。ニンジンや玉ネギ、ジャガイモ、サツマイモが、りんごやミカン、トマト、ナスなどと混じって樹にぶら下がっている楽しい絵を描くという。バナナやパイナップルは別としても、大豆やトウモロコシ、キュウリやキャベツやレタス、ゴボウ、ダイコン、ホウレンソウ、果物のイチゴ、メロン、ブドウ、ナシ、クリのなっているのも見たことがない。教科書と図鑑と袋やパックに入ったスーパーの棚の上でしか見たことがない。
 天ぷらそばは食べてもソバの花など見たことがないし、生きたエビに触ったこともない。中国で作られたソバであること、遠いタイやフィリピンで養殖されたエビであること、ダシがどこで取れた原材料をどのように加工し、何を加えてどのように作られたものであるなど、教えられるわけもないし知る由もないし、思いを馳せることなどできはしない。
 カレーライスが大好き。○○のカレーがいちばん美味しい。子どもの味覚が研究され尽くした大メーカーの、袋のままお湯につけるだけOKのあの味が最も口に合い、新鮮な素材から手間ひまかけたお母さんの本格的な手づくりカレーの立ち入る隙がないとしたら悲しい。
 焼肉、寿司、さしみ、ハンバーグ、アイスクリーム、ケーキなども大好き。そんな食べものから連想するのはテレビコマーシャルやメーカー、売っているお店。食べものはスーパーマーケットやコンビニエンスの棚に並んでいるもので、食べたいときに好きなものを買ってきて食べればいい。
 そんなことであるから、およそ生命を供してくれた素材やその生産現場に思いが馳せることはない。子どもたちから、食べものの命も食べものの大切さも、見えなくなっていく、感じられなくなっていくのは仕方のないことなのか。


 病虫害や雑草と戦い、不安定な天候を心配しながら食べものづくりに汗する農家の苦労も心も通じはしない。リンゴの皮をむくのも魚の骨を出すのも面倒だから嫌という。子どもたちが食べたいものがだんだん自然なものから遠ざかっていっている。命の見えないものに、感じられないものに。
 タニシもミミズも、アオムシもチョウチョウも見たことがない。トンボもホタルもオタマジャクシもドジョウも手にとって触ったことがないかもしれない。カマキリやコオロギ、ヘビやトカゲ、スズメやヤマバト、タヌキやキツネ。生きものたちは遙かなたのものとなり、絵本の中のものになりつつある。
 子どもたちにとって、私たち人間も、いろんな昆虫や小鳥、動物たちと生を共にし、大自然に生かされている生き物のひとつであることなど、おおよそ実感できるはずもない。こんなことでは遠い先のことではなく、すぐ目の前の10年先20年先の近未来が危ない。
 子どもたちに、食べものの命と、植物や動物の命自分たちの命とがつながっており、食べものの命を大切にし、生き物の命を大切に思うことが、多くの生き物の命によって生かされている自分の命を大切にすることだということ。そしてどんな食べものを、どのように食べることが大事なのかということを、自然の命の成り立ちを丸ごと、肌で、心で実感できるように教えていかなければならない時だと思う。


 農業は生命の総合教育の場である。子どもたちに、人間としての根源をなす豊かな心と知恵を教えてくれる農の場で、生きるすべての生命の尊厳さと、生命を育み正しく逞しく生きる力を養っていく。大自然と共生(ともいき)する豊かな感性を、自ら体感し習得する生命教育の場を増やしていく必要がある。

 『日本農業新聞』から農業を通して子どもたちに生命の大切さを教えている二つの事例を紹介しましょう。一つは12月20日の「農業は生命産業、次代につなぐ」欄に掲載されたもので、農業を営みながら、農業を通して子どもたちの心の癒しに携わっている、稲作農家で児童心理カウンセラー・須藤ふみさんの記事。もう一つは、少し前になるが7月10日「農業は生命産業、人はぐくみ」に掲載さてたもので、和牛の飼育を営みながら子どもたちに優しい心と命の尊さを伝えている清水聡子さんの記事です。


 須藤フミさんは、山形県川西町在住で、3人の子育ての傍ら、心理学の上級カウンセラーの資格を取得し、10年前から都会のサラリーマンや不登校児童、心の問題を抱える子どもに稲作・野菜の農場を開放し、ともに農業をしている。


――子供を育てる上で、農業にはどんな教育的効果が期待できるのか。

子育ては理屈じゃない。“感動”が子どもの心を育てると思う。農業を通じて知る自然のもつ素晴らしさ、偉大な力っていうのかな、これって理屈抜きなんじゃないかな。心の病をもつ5人の子供と一緒に、野菜栽培をやっている。子どもたちは「先週植えたヘチマが、もうこんなに大きくなってる」「青かったラズベリーが赤くなってるよ」と感動して声を出す。農家の私が子どもの"気付き“に、なんぼ教えられたかわからない。
 虫が跳ねている。思いがけない場面でミミズと出くわす。みんな声をあげますよね。ぶすっとしている子はいないよ。
 脳の刺激になるんでしょうね。子供が歓声を上げていると、そっか、私は豊かな環境に住んでいるんだって、人に優しくなれる。都会からきた親子が、トウモロコシの収穫で声を上げたことがある。「もぎたてのトウモロコシって真珠みたい。ルビーみたいなんだ――」
 みんな農村に土のぬくもりを求めてやってくる。それは人のぬくもりであると思う。自然の力の前に、人は心を許してしまうし、自然は人間と違って裏切らない。

――植物と触れることで、優しさや思いやりの感情は養えるのか。

自然には自然の都合があるから、ちょっと相手を理解してみようかという気持ちが出てくる。そんな余裕が出てくると、与えられるものに感謝する心が生まれる。自然からの恵みを。足りないことを、あれこれ愚痴っても仕方がないと思えてくる。
 しかし今の子どもはそんな環境に恵まれない。地元の小学校や中学校にある「心の相談室」でカウンセラーの仕事をしているが、特に体の具合が悪くないのに、子どもたちは相談室にやってくる。相談にのってあげたり、話を聞いてあげたりすると、すっきりした顔をして教室に帰っていく。「なになにしなさい」って周囲に追い立てられる子どもは、心の休息の場を探している気がする。
 私は農業に触れる子どもたちに言いたい。上手に作物を植えられなくても「○○ちゃんのお陰でできたよー。助かったよ」って。

――食農教育について農家の心構えは。

子どもと農業体験をする私は絶えず自分が問われていると思っている。どれだけ相手を受け入れる包容力があるのか、心の広さがあるのか。植物は誰でも受け入れるんだから、接する人も心構えが大切だと思う。
 農村は豊か。でも農業をする人、教える人こそが豊かでなければならない。結果を求めず、収穫の失敗の感動もまた子どもには必要だ。
物を使い捨て、命を軽視する社会。私は、小さなダイコン1本1本を大切に抜いていきたい。そうすれば、子どもは「小さなものでも大切に」って思えるから。


 清水聡子さんは1960年、岐阜県河合村生まれ。高校卒業後、県の畜産研究所で一年間修業し、就農。現在は、繁殖雌牛18頭、子牛12頭を飼育。繁殖技術の高さが認められ、河合村和牛改良組合の婦人部長を務める。
 清水聡子さんは、牛とのふれあいによる「優しい心」を子どもたちに伝えたいと、小、中学校の体験学習を受け入れている。牛を世話することで、動物との「心の会話」をしてもらいたいと願う。

  「牛に触ってみると温かくて、やわらかい。それを肌で感じてほしいと思って、子どもたちを受け入れた。人間は生きるために肉を食べるんだけど、食べなければ生きていけないでしょ。まずは知っていただけることからスタートです」

 畜産は地域産業の柱の一つであり、牛を知ることで食料や地域を知るきっかけになることを願っている。受け入れは15年前から。何をどう伝えればよいのか悩んだ時期もあった。そんな時、父・正義さん(故人)の姿が思い浮かんだ。和牛繁殖を引き継いだが、技術的なことを言葉で教わったことはほとんどなかった。何も話さず黙々と仕事を続ける姿から、生き物に対する優しさを学んだ。子どもたちの受け入では、あまり言葉をかけず、牛の表情を見て行動してもらうようにしている。介護などと通じるものがある。

 「たとえば牛が生まれる時、まめ(元気)に生まれてこいよーと祈るでしょう。言葉は交わさないけれど、心で話す。人間も一緒。命を育てるってことは、優しい気持ちがないとできない。今は、暴力事件とか目立つけど、いろんなものとふれ合う時間が少ない。私は牛飼いだから牛を通じてそんな機会を作ってあげたいと思っている。牛は話せないから、こっちが表情を察しないとだめ」

 子どもたちは、排泄物の清掃や、エサやりなどを黙々と、一生懸命にこなす。「思いやり」や「優しさ」が芽生えていると実感する。この夏から、小学3,4年生の社会科の事業の一環としての見学も受け入れた。体験や交流の輪はどんどん広がっている。

 「畜産に限らず、農業では花も野菜も果物も必ず誰かが手をかけて育てている。元気に育てと願う。農家は、命や食料、農業や地域の意味を次代を担う子どもたちに伝えるために充分な経験を積んでいる」

 濃厚飼料はJAから買うが、稲わらやサイレージなどの粗飼料はすべて自給する。だが、家族の食事はなかなか国産100%とはいかない。農家としてというよりも、母として食料に不安がある。

 「輸入食品がいっぱい入ってきているけど、将来のことをしっかりと考えないとだめ。子供たちは牛から何かを教わるでしょう」



 

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生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
L ife A griculture F oods

FAX :076-223-2005
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池田 優

 

 

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