山ちゃんの食べもの考

 

 

その67
 

 「スローフード」運動が声高に叫ばれるようになってきたことは喜ばしいのだが、食物の生産に関わる農漁業者や一般の人たちの普段の食生活とは一歩距離を置いて、一部のエリート意識を持つ人や、グルメ指向の人たち、あるいは文化人を気どる人たち、専門的な飲食店や料理研究家など、特別意識を持つ人々の中で盛んになってきているように思われる。
 「スローフード」とは、何も特別なことでも珍しいことでもない。ちょっと振り返って見れば、数十年前まで日本中のいたる所にあったし、農漁村ではまだ息づいているのである。先にも述べてきたように、私たちの先人が永年築き上げてきた「地産地商、旬産旬消」「身土不二」の伝統的食文化であり、地域に根ざした最も理想的な生き方文化であり生活信条そのものなのである。
 「狭い日本。そんなに急いで何処へ行く」という言葉が流行ったことがある。朝食もろくすっぽ食べないで駆け出していく亭主や子供たち、食卓を囲み一家団欒で楽しみながら味わう料理をじっくり作る余裕もない主婦。私たちの追っかけている豊かさは、何かが間違っているのではないか。もう一度考え直し、本来私たちの足元にあった本物の味わいある人生のあり方を呼び戻さねばならないのではないだろうか。


 『スローフードな人生!イタリアの食卓から始まる』を著したノンフィクション作家の島村菜津さんは、次ぎのように語っています。
 「イタリアにスロー運動協会なるものがあり、その面々が作ったことばである。『ゆっくり食べよう』運動だと思っている人があるが、ただゆっくり時間をかけて食べればスローフードであるかというとそういうことではない。
 せっかちな日本では、ごはんくらいはゆっくり食べようということも重要だが、それだけで終わってはならない。誤解されているファーストフード不買運動とか反対運動でもない。『スローフードというのは、ファーストフードの反対ではなく、ファーストフードな考え方に反対するのだ』。それはファーストフードを支える考え方は、世界中、いつでもどこでも同じ味、同じ質を提供する考え方だ。これが、ピューリタリズムとかアメリカの平等主義などと非常にマッチして、日本の70年代の気分ともマッチして、気がついたら世界的にこれだけ増えたわけだが、スローフードはその反対を目指すのです。それは、世界中どこも同じではない味の世界、世界の多様な味を守ろうと言う運動だ。
 スローフードは又、食べもののことだけにとどまるものではない。自分の家族、自分と友人、恋人などの人間関係。それから家族関係。地域、社会との関係。あるいは自分の里山との関係。つきつめれば、環境とか自然とかとの関係。そういう、あらゆる関係性の間に食があって、その関係性があまりにファーストに傾きすぎた。それは大量生産、大量消費、大量流通かもしれないし、あるいは効率主義や、営利主義かもしれない。そうしたことが、あまりにファーストに傾きすぎたことによって、いろいろな歪みが出てきている。アレルギーも。O―157も、BSEもそうだろうし。いろいろな問題が吹き出している。あるいは『キレる子ども』。そういうすべての歪みが、結局、関係性がファーストになりすぎたところから生じている。『そこにわれわれはスローという言葉をあてがうんだ』といわれたんです。
 スローフード運動というのは、結局、その関係性の真ん中に食があって、その関係がファーストに傾きすぎたことによって起こる歪みを修復する運動なのです。首都ローマに世界最大のファーストフード、マクドナルドが進出してきた。日本と違って非常な物議をかもした。ファーストフードは永遠の都の品位を落すとか、子供たちが食べ散らかしてゴミを捨てる、夜中に騒音を立てて若者がバイクで乗り付けるのではないかなど。ピザのような気軽に食べられる伝統の食事がどんどん忘れられていくのではないか。」


 そして、島村菜津さんは続いて次にように述べている。「15年前、20人ほどの食事会で、メンバーの一人が『それじゃァ、われわれはファーストフードの対して、スローフードでいこうや』とつぶやいた一言が始まりと。そして1989年にパリでスローフード宣言を発表し、正式に会が立ち上げられた。
 スローフード運動には『活動の3つの軸』があり、
その第1は『多様な味』ということ。
 土地土地の伝統料理とか。名産というのは非常に微妙な問題だが、その土地固有の農水産物、あるいは宣伝力のない小さな生産者を守ろうということ。

第2は『分かって食べる』ということ。
 これだけものが複雑になってくると、消費者が何を食べているのか自分でもさっぱりわからない。想像さえつかない。消費者の味の教育。子どもたちだけではなく、子どもを育てている親の世代がもう分からなくなっていますから。

第3は『ノアの箱舟運動』と呼び、ほうっておけば絶滅しそうな味をまもろうということ。
 自由化によってなぎ倒されている。品種の画一化が進んでいる。ファーストフード化によって、プロの料理人の首も危くなる。マニュアルさえあれば素人でいいということのなって、日本の料理文化も危い。」と述べている。


 念のため、同書よりに「スローフード宣言」を紹介いたします。
 「我々の世紀は、工業文明の下に発達し、まず最初に自動車を発明することで、生活のかたちを作ってきました。我々みんなが、スピードに束縛され、そして、我々の慣習を狂わせ、家庭のプライヴァシーまで侵害し、ファーストフードを食することを強いるファストライフという共通のウィルスに感染しているのです。いまこそ、ホモ・サピエンスは、この滅亡の危機へ向けて突き進もうとするスピードから、自らを解放しなければなりません。我々の穏やかな歓びを守るための唯一の道は、このファストライフという全世界狂気に立ち向かうことです。この狂気を、効率と履き違えるやからに対し、われわれは感性の歓びと、ゆっくりといつまでも持続する楽しみを保証する適量のワクチンを推奨するものであります。我々の反撃は、スローフードな食卓からはじめるべきでありましょう。是非郷土料理の風味と豊かさを再発見し、かつファーストフードの没個性を無効にしようではありませんか。生産性の名の下に、ファーストフードは、我々の生き方を変え、環境と我々を取り巻く景色を脅かしているのです。ならば、スローフードこそは、いま唯一の、そして真の前衛的回答なのです。
 真の文化は、趣向の貧困化ではなく、成長にこそあり、経験と知識との国際的交流によって推進することができるでしょう。スローフードは、より良い未来を約束します。スローフードは、シンボルであるカタツムリのように、この遅々たる歩みを、国際運動へと推し進めるために、多くの支持者たちを広く募るものであります。」


 15、6年前から、これからの日本の農業や食の在り方に危惧を抱く、生産者や消費者、流通業者の代表に行政や関連のマスコミ加わって、有機農産物等のガイドラインづくりをはじめ、その普及について研究検討をする「日本生態系農業連絡協議会」なるものが発足し、東京で定期的に会合が重ねられてきた。
 当時、宮崎県綾町はすでに町長が先頭に立って、環境に優しく健康に良い農産物作りをめざし、町を上げて「生態系農業」の実践・推進に取り組んできた。そして、綾町の町長自らが「日本生態系農業推進協議会」の会長を務め、地元宮崎のみならず、全国の自然生態系農業・循環型農業の推進に大きな役割を果たしてきた。宮崎県綾町発の健康な農産物は安心安全を求める全国の消費者に大歓迎されている。
 この宮崎県綾町に200年5月、「宮崎・綾スローフード協会」が発足した。


 「宮崎・綾スローフード協会」の設立宣言には、次ぎのように述べられています。
 「日本には『身土不二』という言葉がある。これは自分の住んでいる四里四方(16Km)で採れる食物を食べていれば病気をしないと言うことの意である。食材にも四季折々の風土に根付いた作物が豊富にある。世界には様々な『だし』があるが、昆布、鰹節、椎茸で取る日本の『だし』には唯一脂肪分が出ない。このことが日本料理の神髄ともなっている。日本料理には『だし』を生かした素朴な郷土料理から繊細な風味を演出した懐石料理や精進料理がある。この三つの『だし』の素材もすべて近郊で採れる。しかし今日の化学肥料・薬品の普及、食品工業の発達、学校給食の普及、住居形態の変化など日本人が古くから伝承してきた、食に関する感性や美意識と共生できない環境になってしまった。
 今急いでしなくてはならないことは伝承の味、伝統の薫りを復活させたり、旬の文化を守り季節感を取り戻すことである。そして日本人として、豊かな自然の恵みを生かして作り上げてきた、古来の郷土料理、食文化の伝統を大切に守り育てて子孫に伝えていくことである。これまでの伝承行為が崩壊したのは食べ物に問題があったのではない。食べてきた人間(即ち、作ってきた人間)側に問題があるので生産者と消費者が賢くなる必要がある。
 我々はこの度、スローフード運動の精神に共感し、事業を展開していく所存であるが、イタリアと日本の飲食習慣はかなり異なる。食卓の構成、主食となる食材、気候風土、習慣、歴史、宗教、文化など。これからは日本人としての食の味わい方、楽しみ方や自分の生活全般に対するあり方を考えながら日本的スローフード運動を展開していきたい。
 宮崎県の綾町は現代の食の現状を予期し、日本で最初に自然生態系農業に取り組んできた町である。風土に適した独特な柑橘類や日本一の照葉樹林帯 (3,000Ha) から採れる山野の特産物、ミネラル豊富な清水、淡水魚類など貴重な食資源の宝庫でもある。我々はこの綾町(東西約9Km、南北約13Km)の風土を堅持し、スローフード運動を通じて、健康で豊かな地域食文化を育もうとするものである。」


 また、2002年3月に発足した「山形スローフード協会では」、山形において取り組むスローフードについて、次ぎのように述べて呼びかけています。
 「山形県は自然に恵まれた食料の供給基地で、四季に応じてさまざまな食材が産出されます。漬物のバラエティも目を見張るものがあり、山菜の豊富な事も自慢のひとつです。さくらんぼやラフランスのように山形県独特の果物もあります。お米も『生え抜き』の人気上昇と共に昔の人気品種『サワノハナ』や『亀の尾』の復活の話題も興味深いものがあります。
 そして地酒とくれば、山形はこのところ技術的に高い水準を保ち、鑑評会でも金賞入賞の蔵が多く注目を浴びています。 郷土料理も置賜、村山、最上、庄内と、それぞれの土地の伝統ある料理が数多く食通を堪能させています。
 しかしながら、次の世代の人々は地元の食材や料理より標準化された画一的なファーストフードやインスタント食のほうを好む傾向にあり『食の貧困化』がますます心配されます。
 日本全国にはびこるファーストフードや、インスタント食一辺倒の食生活を、  ここら辺で断ち切り、豊かで健康的な『スローフード』に関心を持って頂くよう、私たちの力で意識を変えて行こうではありませんか。
 それは日頃から『食』に関心の強い、『食』に愛着を持つ私たちの責務ではないでしょうか。日本の食の健全な未来のためにスロースローと行動を起こしましょう。」






 

ごらんいただいたことを大変ありがたく感謝します。


  

生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
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池田 優

 

 

 

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