山ちゃんの食べもの考

 

 

その88
 
■ 近藤正二博士の著書に「日本の長寿村・短命村」(の3)


 近藤博士は沖永良部島でも長寿食を確認できました。
 奄美半島と沖縄本島の間にある沖永良部島。96歳というのに村の共同作業上へ働きに出ているおばあさんは、「海藻は若い頃から好きで毎日食べてきました。魚や豚肉も好きで、お茶は少ししか飲みません、野菜も好きで、結局なんでも好きなわけです。病気したことがなく、今でも芭蕉布を織る工場へ毎日仕事に出るのです」と語りながら、大好物の焼酎をコップに注ぎ黒砂糖を入れて2合ほど飲むというのです。国頭では米は一粒も食べていない。芋、大豆をよく食べる。沖永良部島では、後蘭部落以外に水田がない。大豆をよく作りました。そのために雑穀を主に小魚、海藻を食べて長命なのです。
 口に美味しい真っ白なご飯やパン、脂肪たっぷりのお肉や魚、過剰な動物性蛋白質、甘い加工食品などの摂取が、実はどんなにか私たちの体に負担をかけていることでしょう。私たちの普段の食事が、健康長寿者のそれと比べていかに贅沢な美食であり、危険なものであるかを顧みる必要があるように思えてなりません。その中でも一番気をつけなければならないことは、すでに重労働から解放された現代人が、朝早くから晩遅くまで一日中体を酷使して働いた昔の人以上に過分の栄養を摂取している「食べすぎ」であると私は思うのです。


 八重山群島の竹富島、近藤博士はここでも健康長寿食が確認できました。近藤博士は「海に囲まれた島々なのに、漁業はいたって少なく、むしろ農村です。豆腐を自家製造してよく食べる習慣の島もある。竹富島では老人達が健康でよく働き、80歳、90歳の老人が畑仕事をしている。作物は豆類が多い。米は全然作っていない。さつまいもが主食で、それにアワ、ヒエを食べている。野菜はニンジン、ダイコンもよく食べる。そして魚は小魚程度で海藻をよく食べるという長寿村です。」と述べています。
 普段の食事に、豆類をはじめ穀類、芋類、野菜、海藻、小魚を家庭でどのように美味しく料理して食べるか。食事も料理も完成されたものを外からお金で買ってくるようになった今日、一見それは豊かで便利なように見えますが、その実態たるや安全安心・健康長寿とはほど遠いもののように思われてなりません。家庭における料理の知恵が崩壊しないように祈るばかりです。


 鳥取県の大山のふもとに位置する高麗村(今の大山町)は、米処なのに米は殆んど食べない長生き村です。近藤博士の質問に答えて、村の人々は「決まった日には食べますが、へいぜいはお米のご飯は食べていません。米は売るために作っているのです。自分たちが食べるために作っているのではありません」と答えているのです。そして主食はさつまいもと麦で、野菜、大豆、海藻をよく食べているのでした。周りの村はいつも白米を食べているのに、この村だけは何月何日何の日と、一年のうち10日位しかない決められたその日だけ米を食べるが、それ以外は米を食べないというしきたりがあるのです。
 これは、明治中葉に10年以上も村長をやった諸遊弥九郎という人が「近ごろは村民が皆ぜいたくになってきている。そして米がたくさんあるからと、今まで昔から麦を食べてきた人達までが、お米ばかり食べるようになってきた。わが高麗村だけは、そういうぜいたくなまねをしてはならぬ。米はたくさんあっても売りものとし、村民は麦と芋を主食にせよ。そのかわり、一年のうち次にかかげる日だけは米のご飯を食べてよろしい」と指導した。高麗村の長寿は、その賜なのだそうです。
当時では真っ白いご飯は最高の美食であったわけです。美味しいものを口にするとそればっかり大食いするようになり、他の物はあまり食べないようになります。そこに食べものの偏り、栄養の偏りがおこります。


 昔から染料の藍の特産地、四国吉野川流域の藍園村。学嶋村は米処で藍の産地、有名な米処なのに長生きの人が多い。ところが「米は昔から売り物ということになっています。長命である秘密は、米処でありながらも畑もあり、大豆を豊富に作っているし、野菜も作っている。
 村の人たちは、米を食べずにシイナ米か砕け米など売れないものを食べ、大豆、野菜、そして海藻を常に食べている。南の海岸の人々が米を買いにきて、物々交換で干し魚や海藻で支払って行くので、どこの家にもあるという。
 何をどのように食べるところが健やかに長寿であるかの共通点が明らかになってきました。


 ところが藍商の生活は他の村人たちと全く違う。「阿波の藍商人は昔の豪商のような家に住んでいます。食事は海藻などは食べませんし、麦や芋なんかも食べませんから、長生き村の中にあって村の人たちと全く違った食生活をしているから、藍商の家に長生きの人はいないのです」。
 福岡に住む藍商出身の方が「藍商の家だけは、お米をたくさん食べるだけではなく、方々からご馳走を取り寄せて毎日美食です、それはぜいたくなものでした。私は18歳のときから久留米に出てきて、ぜいたくな食事はしなかった。だから70歳まで生きられた」と語っている。


 志摩の海女は長命であるのに、能登半島・輪島の海女は対照的に短命です。彼女達は、毎年夏を中心に5ヶ月は沖合にある舳倉島で作業をしています。輪島の海女は魚と白米を多食し、野菜の摂り方が少ないのです。身近に野菜はたくさんあるのですが、余り食べようとはしません。海女に聞いて見ると「私らは世間が食べているような、あんな黒い米は食べません。一寸二分の米ですよ」という。一寸二分というのは配給の米をもう一度つき直した超白米のことだという。一寸二分づきの白米をたらふく食べ、魚を多食し、そのうえ肉もたくさん食べます。そして、そのことを彼女たちは
 「私たちは女でありながら、男以上の厳しい労働をしています。せめて陸に上がってきた時くらいは真白い米を食べ、島では食べられない肉を腹いっぱい食べたいのです」という。
 「気持ちはわかるがそういう食生活をしているがために長生きができないのですよ」といったら、皆ビックリして、「今までそんな話は聞いたことがない」という。
 同じ海女でも、食生活が違うと寿命の差がはっきり出てくるのです。


 サツマイモやカボチャは大方の女性にとって大好物ですが、これが男性と女性の寿命の差になっているのかもしれませんね。近藤博士に調査によると、 「西米良村は、宮崎県の山奥の平家の落人部落で、同じく落人村の周囲の村よりも短命。この村だけが昔から“カボチャを絶対に植えてはいけない。その家の身上がつぶれる”と言われている。
 カボチャを植えると身代が潰れる、などと言われたのはどういうわけなのかわかりませんが、カボチャにはカロチンやビタミンCをはじめビタミン類を豊富に含む健康・美容食品。16世紀にポルトガル人によって日本に伝えられ、カンボジア産の瓜と紹介されたため、南瓜かぼちゃの名がついたとか。




 近藤博士は、「魚、肉を大食することが心臓疾患を引き起こす大きな原因となっているが、島の海女のように、たとえ魚を食べていても野菜多食の習慣があれば長生きは可能なのです」と述べ、さらに続いて次のようの野菜や海藻を食べることの重要性を説いています。
 「長命村の調査をした結果、長寿者は、魚か大豆を常食にし、野菜をたくさん食べているところです。言いかえれば、このような食事をしていないところには、長寿者は少ないということになります」
 「80歳以上で、今でも元気に働いている健康長寿者に話を聞くと,若いときから魚を大食してきたとか、白米を大食してきたというような人はおりません。逆に言い合せたように野菜類をよく食べてきたといいます」
 「また、海藻を常食にしてきたところは断然脳卒中が少なく、一番興味ある実例が短命村に囲まれた秋田県牡鹿半島の突端の戸賀村でした。ここは秋田県で海藻を常食してきたただ一つの村で、過去何十年のあいだ戸籍を調べても脳卒中で死ぬ人がほとんどいないのです」


 北海道江指町の沖に奥尻島があり、そこに10の部落があるが、球浦という部落だけが長生きの部落である。この島はニシン漁の漁師と集団花嫁として能登からきた娘たちによって村が作られた。
 この集団花嫁のうち、5人ぐらいが球浦部落に嫁ぎました。最初にやらされたのが山林を切り開いて畑を作る作業で、他の部落には畑がないので、この部落にきた花嫁たちは、つらい仕事に泣き暮らしたという。
 球浦の人達は、この畑で作った野菜を食べて、奥尻島の10の部落のうちでただ一つ長生き部落になったのです。他の9つの部落には畑がなく、魚の大食で早死したのです。
 近藤博士は、「このことから、動物性蛋白質の過食は避けねばならぬことであり、かわりに植物性蛋白質、つまり大豆製品を常食したいものです。子どもには動物性蛋白質は必要ですが、その過食はつつしむべきで、大人になったら植物性蛋白に移すべきでしょう」と述べています。


 ほとんど動物性蛋白を摂らず、植物性蛋白だけで長生きしている村が岩手県にあります。今は岩泉町に合併された有芸村です。海抜400メートルの高地にある村で、山の魚だといって、豆腐をたくさん食べています。自分の家で作って毎日食べているのです。本物の魚は年に3、4回しか食べません。主食はヒエで、大根葉を生野菜のように食べていました。


 長野市の善光寺の西山地方にある七二会村の人たちは「毎日ここでは海藻を欠かしません」という。名産の西山大豆と物々交換のために、新潟の海岸から海藻や塩魚・干し魚が運ばれてくるのです。
 西山地方の長生きの原因は、大豆をよく食べ、日本海の海藻を毎日食べることにあったのです。


 山梨県鳴沢村は富士山麓で海抜1000メートルの高地です。トウモロコシを主食としてきた村です。動物性の食品は煮干以外ほとんど食べないのに、山梨県の中でもすぐれた長寿村です。
 しかし甲州きっての大豆の名産地で、豆の多い塩気の少ない味噌を造って、3度の食時に必ず食べるのです。味噌汁の中に野菜をたくさん入れ、何杯も飲みます。一回に味噌汁6杯がきまりだという。「大豆製品である味噌をたくさん食べると、動物性食品を食べなくても健康長寿村になることがよくわかった」と近藤博士は述べています。


 近藤博士は、「ニンジン、カボチャをよく食べるところと食べないところでは、隣どうしの村であっても長寿者率に非常な差が出ることがわかってきました。野菜を食べる時には、ニンジン、カボチャをその中に忘れずに入れて欲しいものだと思います」と述べています。
 岩手県の水沢に近い真城村と南都田村は米処で有名ですが、岩手県下一番の短命村になっている。畑が全然ないといっていいほどないのです。ニンジンなど全く食べずに短命村になっているのです。
 その中で真城村の「安久戸」部落だけが一つポツンと長命なのです。この部落だけはニンジンを昔から作っていて、欠かしたことがないというのです。


 近藤博士が国際学会に出席のため、ハワイにおもむいた時、会議が終わった翌日に、ある県人会の会長さんより、「二世が相次いで早死するのです。70歳80歳になる両親が元気で仕事をしているのに、40歳を越したばかりの子供たちが先に死ぬので困っている。調べてもらいたい」という依頼を受けたのです。
 調べてみると、一世二世は同じテーブルで食事をするのだが、一世は肉をあまり食べないで野菜や海藻、豆腐などを食べているのに、若い二世たちは肉ばかり食べて一世の食べるものをいっこうに食べようとしないのです。
 彼らは40歳を過ぎると心臓を冒されて、親よりも早く死んでいくことが分かったのでした。
 一世が一般に身体が小さいのは、多くは貧農の子供だったので、肉や魚はあまり食べなかったためであり、2世3世のような食生活は、体格が大きくなっても長生きができないのです。
 肉、魚を食べてもいいが、大食することなく、野菜、大豆、海藻も十分とれば、体格もよく長生きできるようになります。




 

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生命の農と食を考える
L A F 健農健食研究所 ラフ
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池田 優

 

 

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